「本当に呼びかけたのかい?」
不意に時子さんが、訊ねてきた。
「え?」
私は、時子さんの顔をまじまじと見つめる。
私は確かに娘の名前を呼んだ。
呼んだけれど、結局はうるさいと怒られてしまった。
「娘さん。お母さんにちゃんと目の前で顔を見て呼んでもらいたいんじゃないのかな」
目の前で、顔を見て……。
「本当に離れてしまう前に、もう一度娘さんの名前、ちゃんと呼んであげたらどうだい?」
時子さんは、素敵なカップを磨きながら、私の目を真っ直ぐ見て微笑む。
私は、淹れてもらった薫り高いコーヒーの水面を見つめた。
そこに浮ぶのは、幼い頃の愛らしい娘の笑い顔。
ゆらゆら揺れる水面を見ていると、過去の出来事が心を揺さぶる。