私があまりの衝撃に何も言えずにいるうちに、速水くんはさっさと自分の棟へと歩いていってしまった。
「……ふいうちすぎるよ」
遠くなる速水くんの背中を、なんとも言えない気持ちで見送った私は、思わずぽつりと呟く。
怪力、なんていう失礼な言葉に怒っていたはずなのに、別れ際に残された彼の笑顔が、そんな感情は全て消し去っていってしまった。
自分でも驚くくらい、速水くんの笑顔が、強く心に焼きついている。
どうしてだろう。
本当に不思議なくらい、くすぐったいくらい、うれしい。
────1年間、同じ教室にいたのに、去年は一度だってあんなふうに笑ってくれたこと、なかった。
私の知っている速水くんは、いつだって冷たくて。
不機嫌そうな顔とか、呆れたような顔。
そんなマイナスの感情が乗った表情ばかりを向けられてきた私には、速水くんがふいに見せる温度を感じる表情は、ちょっと刺激が強すぎる。
昨日渡したクッキーだって、そうだよ。
あげた、というよりは、押し付けたようなものなのに。
ちゃんと食べてもらえただけでも嬉しいのに。
それなのに、わざわざお礼を言ってもらえるなんて。
『うまかった』なんて、作り手としてはいちばん嬉しい言葉をもらえるなんて。
想像もしていなかった。