毎晩、夢を見る。

何者かに、追われている夢。

どこまで逃げても、その影は私を追いかけてきて。

次第に、胸が苦しくなって、息が荒くなって―――



「西條さん。」



ぷつり、と夢の世界が途切れる。



「西條さん。」



うっすらと目を開けると、白衣の麻生先生が目に映る。

ああ、夢だったんだ。



「大丈夫ですか?随分うなされていましたね。」


「……大丈夫、です。」



掠れた声で、そう答える。

走った後のように、心臓が早鐘を打っている。



「嫌な夢を見ましたか?よしよし。」



先生は、微笑んで私の頭をぽんぽんした。

やっぱり、子ども扱いされているみたいで、悔しい。



「胸の音を聴かせてください。」



寝間着の間から、するりと聴診器を持った先生の手が入り込む。



「ドキドキしてますね。苦しい?」



小さく首を横に振る。



「ゆっくり息をして。……そう、上手ですよ。」



先生の優しい声に誘われるように、次第に呼吸も落ち着いてゆく。

お医者さんって、すごいと思う。



「怖い夢は、毎晩見るんですか?」


「そんなことないです。」


「ほんと?」



先生の切れ長の瞳にじっと見つめられると、つまらない嘘すら見破られてしまう気がする。



「嘘です。……毎晩見る。」


「やっぱり。」



先生は、慈しむような目で私に微笑みかけた。



「カウンセリングが必要ですね。精神科の先生を呼びましょう。」


「え?」



突然そんなことを言われて、私はなんだか困惑した。



「大丈夫です。私、カウンセリングなんて必要ありません!」



起き上がろうとした私を、先生が制す。



「そうですか。無理にとは言いません。……でも、つらくなったときは言ってくださいね。」


「……はい。」



先生は、背中の傷をチェックして消毒し直すと、何も言わずに病室を出て行った。

その背中を、思わずじっと見つめてしまう。


心外だった。

可哀想な子に思われたくなくて、ずっと明るく振舞ってきたのに。

一度だって泣かずに、早く退院しようと頑張ってるのに。

やっぱり先生には、そう見えてしまうのだろうか。

いや、周りにいなくてもみんなが、テレビのニュースを見て私のことを不憫だと思っているに違いない。


甘えられたらいいのに、と思った。

差し伸べてくれる手を、素直につかむことができたら。

そしたら、この胸のつかえがなくなるまで、思い切り泣くことだってできるんだろう。


それができない意固地な自分を、私は憐れんだ―――