「俺、アメリカへ行く前に、赤い箱の板チョコ、二十枚、食ってったんだ」
「それって……」
私はあの日の天野くんの言葉を思い出していた。
───……
「死ぬ前に好きなもの思う存分食おうとか思わなかったの?」
「思わなかった。もし天野くんが明日までの命だとしたら、なにが食べたい?」
「チョコレート。板じゃなくて、ひとつ三百円位するやつな。玉置は?」
……───
やっとその意味がわかった。
「もう板チョコは見たくもないって思ってたけど、帰国して一番最初に食べたのが赤い箱の板チョコだったんだ」
「じゃ、来年のバレンタインに板チョコあげるね」
「えー、板かよ」
「ならひとつ三百円位の高級チョコ」
「いや、いや、できれば手作りが……」
声が小さくなっていく天野くんが愛おしい。
「もう、何個でも作ってあげる。私、蒼太くんが生きていてくれてよかった」
天野くんの傷跡に指を這わせた。
「俺も梨織と巡り逢えてよかった」
天野くんの白くて繊細で波のうねりを思わせる指が私の傷跡に触れた。