だって、好きな人に「おやすみ」が言えるなんて、そんな素敵な事、なかなか自然発生しないのに、そのチャンスを無駄にしてしまったのだから。
泡立て過ぎたシャンプーが目に染みて涙が出そう。
それをいつもとは違うリンスの香りが止めてくれた。ほのかな苺ミルクみたいな香り。
明日は言おう「おやすみ」って。
お風呂から上がるとカゴの中に白いバスタオルと藍色のジャージが置いてあった。
天野くんが用意してくれたんだ。優しい。私はそのふんわりしたタオルを濡れた体で抱き締めた。
ジャージは着てみるとすぐに天野くんのものだとわかった。
ブカブカ。でも嬉しい。
裾を引き摺らないようにロールアップして階段をそっと上がる。
「左側って言ってたっけ」
一段一段上がる度に心臓が強く波打って、もうどうしようもない。
ドアを開けると、ベッドの上で天野くんが眠っていた。
「はっ!」
間違えた! こっち右だ。
小学生だって間違えない左右を間違えるなんて。自分でもびっくりする。
その上、間違えた事で取り留めもないほど、焦っている。
すぐに部屋を出て、ドアを閉めようとしたけど、正直過ぎる心が、天野くんの寝顔を見たいと言った。
「よしっ」
思い切って振り返る。