───プルルルルルル
忙しかったら出なくてもいいですよ、と思っていたら、出てしまった。
「はい」
「もしもし、お父さん」
声のトーンに気をつけてみたけど、『もしもし』に微量の歪みが生じた。
「梨織、どこにいるんだ」
お父さんは歪みに気づいていない。いつも通りだからそのまま会話を続ける。
「友達のとこ。今日泊まるから。明日の朝、ちゃんと一旦帰る」
「一旦、てなんだ?」
「ううん、そこは気にしないで。とにかく今日は泊まるから。友達の所に」
『友達』という所に無理やりアクセントを起き、電話を切った。
シャワーの音が聞こえてくる。
天野くんがシャワーを浴びている。
なんだか想像しちゃう。
天野くんの濡れた体、雫をまとった黒髪。
甘ったるい想像をしていると、シャワーの音が止まり、ドライヤーの音が聞こえはじめた。
もう出てくる!
どうしよう。きっと私の顔は真っ赤に違いない。
うわっ! 出てきた。
一瞬、目をつぶってみたけど、すぐに開けた。
紺色のかっこいいスエット姿。裸じゃなくてよかった……。
「玉置も風呂入って、もう寝ろよ」
「あっ、うん。明日の朝、一旦、うちに帰るね。ほら、制服にも着替えないといけないし。お泊まりセットとか、女子には、ね、色々あるし」
しどろもどろ感、満載な私の口調。
「了解。俺、ねえちゃんが使ってた部屋で寝るから、玉置は俺の部屋使えよ」
私が天野くんの部屋に。
どうしよう。頬っぺたと口の中が熱帯夜みたい。
「二階の左側な。じゃ、おやすみ」
天野くんはそう言うと、階段を上がっていった。
動揺していた私はおやすみが言えなかった。
お風呂に入って髪を洗いながら、それをめちゃくちゃ後悔していた。