来てよかったと思った。

不安な事、嫌な事、全て忘れられた。

本当は忘れられてなんていなかったけど、忘れられたような錯覚に陥っていた。

その錯覚で天野くんの存在が黒く塗り潰された。



ライブが終わり、バーカウンターでオレンジジュースを買った。

こんなに喉が乾いたのは久しぶり。まるで砂漠に置いていかれたひとつの生命が泉を欲しているかのようだった。

だけど、ゴクゴク一気に飲み干してしまうのはなんだか勿体なくて、ゆっくり、生命に沁み渡るように口に含んだ。

立ちっぱなしで疲れた足を労るように壁に凭れながら。


飲み終えた頃にはファンの姿はもうなくて。私もスタッフのお兄さんに外に出るよう促された。


その瞬間、左足のミュールが脱げた。

ちょっとだけ足が痛い。シフォンのスカートに合わせてミュールを履いてきたけど、中途半端なお洒落などしないでスニーカーでくればよかった。

そう思い、足を擦った瞬間、ステージに桜井零士の姿が!!

置いていってしまったタオルを取りに来たのだ。

私の視線と零士の視線が重なった。


「あっ、コンビニの」


先に声を発したのは零士の方だった。


まさか覚えているとは。びっくりして、私の体がビクンと反応した。