お母さんは『うん』とは言わなかったけど、私はお母さんの仕事が終わるのを兎と森のカフェで待った。


「すみません、出たり入ったりして」


「いいえ。お気を使わずに」

紳士的で優しいマスター。

今度はカップの中にライオンがいた。

やっぱり気を使ってくれていると思う。


最近、街にはチェーン店のカフェばかりが建ち並んでいて、味も横並びでどれもおいしかったけど、兎と森のカフェにはそれ以上のものがある。


それは心。

デザインカプチーノにはマスターの心が描かれている。


お父さんには電話で伝えた。必ず連れて帰るから家で待ってて、と。


もしお父さんが来たら、ここで離婚話が成立してしまうかもしれない。


ちゃんと話すにはうちがいい。


三人とも悔いが残らないように話し合わなくちゃ。家族なのだから。


窓の向こうで揺れている誘導灯の赤が線香花火の最後のように落ちてしまわないように、私はお母さんの姿をずっと見ていた。



カフェの閉店時間は八時半。

ちょうどその頃、工事現場の明かりが消え、お母さんが出てきた。