彩香は、コーヒーカップを手に取った。

「兄の名は…西園寺俊弘。知ってますよね?」

彩香は、カップを口の前で止めると、僕の目をじっと睨んだ。

「それとも…忘れましたか?あまりにも、殺し過ぎて…」

彩香は、ゆっくりと僕を見ながら、カップの中身を飲み干していく。

静かに、カップを置くと、彩香は姿勢を正し、僕に微笑んだ。

「助けてほしいんですよ。兄を殺した相手の目の前でも、演技を続ける私自身を…」


「違う!」

僕は、席を立った。

「彼は、僕が殺したわけじない!」

彩香はクスッと笑うと、

「外に出ましょう」

彩香も席を立ち、

「マスター…お会計を」

「…クッ」 

僕はお金を出そうとしたが、彩香が手で制した。

「いいんですよ。ここは、あたしが払います」



会計をすますと、彩香は店を出た。

後を追う僕に、マスターは頭を下げた。

ドアを開け、外に出た僕の目の前に、暗黒が広がっていた。

まだ真夜中ではない。

それに、街灯があるはずだ。

「兄は……あなたと競い…そして、もう一人のあなたを愛したそうね」

闇の中、なぜか彩香にだけ、スポットライトが当たっていた。

その光の中、彩香は舞う。

両手、両足…全身を使って、風に舞う。

アスファルトの舞台の上で。


僕は、彩香に叫んだ。

「君が持っているカードを、どこで手に入れた!」

しかし、彩香は答えない。

ただ踊り狂う。

数分…踊った後、彩香は深々と頭を下げた。

「……これにて、演技は終わりです。今からは…素晴らしい真実の姿を、お見せ致しますわ」

彩香は、カードを指に挟むと、それを額に当てた。

「すばらしき目覚めを!もう演技なんて…必要ない」