「演技って…何だと思いますか?」

思いも寄らない質問に、僕は思わず、聞き返した。

「え?」

彩香は、僕を気にせず、言葉を続けた。

「役を演じるとか…台本通りに演じるとか……いろいろあると思うんですけど……。そんな程度の演技なら、誰でも日常で行っている演技に、かなわないと思うんですよ……」

彩香は俯き、コーヒーカップの中を見つめ、中の液体を見つめていた。

「日常の演技?」

僕は、俯く彩香の頭のつむじに目がいった。

彩香は微かに、首だけで頷くと、

「今も…あたしは、演技をしています。初対面のあなたと、話す為に…自分の気持ちを押さえて……」

僕に見えないように、テーブルの下で、彩香は両手を握り締めた。 

「この劇団に参加してみて…思うんです…。わざわざ台本を覚えて…演技しても……その役には、なれないのに……見た目は、自分のままなのに…」

彩香の体が、微かに震えているのがわかった。


雰囲気がおかしい。

僕は、気付いた。これは、恐怖ではない。気持ちの昂ぶりだ。

「ちょっと待って下さい…。あなたの助けての…意味は…」


彩香の震えは、大きくなる。

「噂を聞いたとき……嬉しかった。あなたに、会えるのだから…」

彩香は、顔を上げた。下から、舐めるように僕を見、

そして、睨む。

「赤星浩一さん……。あたしには、兄がいたの」

そう言うと、彩香はどこからか、一枚のカードを出すと、

僕の方に、すうと差し出した。

テーブルの上に置かれたカードに、僕は絶句した。

「これは!?」

彩香は、また視線をコーヒーカップに向けると、

「両親は、離婚しましたので…兄と、私の性は、違うんですよ」