九鬼はゆっくりと美和子に近づくと、目の前で止まった。

「ごめんなさい」

ノーモーションからの見えない蹴りが、美和子の顎先をかすった。

その瞬間、脳を揺らされた美和子は気を失い、前のめりに倒れた。


「美和子さん…」

九鬼が美和子を見下ろしていると、突然屋上に多数の人が飛び込んできた。

と同時に、プールから鉄の腕が飛び出したのだ。


九鬼は、屋上に現れた黒マスクの集団に一瞥をくれると、プールから出た鉄の腕の方に、体を向けた。


「九鬼真弓」

黒マスクの集団の中から、哲也が姿を見せた。

前に出ると、九鬼の背中を見つめ、

「君は、優秀だ。しかし、優秀過ぎる者は…時に、人の世界では排除される」

哲也は後ろ手で腕を組み、顎を上げ、

「それが、君のような人間だ」



哲也の言葉の途中、九鬼は振り返ることなく、前にジャンプした。

何もない空間に向けて。

「何!?」

屋上から、何の躊躇いもなく飛び降りた九鬼の行動は、哲也には予定外だった。

「装着!」

空間で叫んだ九鬼の体を、黒い光が包む。

真下の地面にほぼ着地と同時くらいで、九鬼は乙女ブラックに変身した。

そして、猛スピードでプールに向けて走り出した。





「行くのか…」

その様子を、特別校舎の屋上から、兜が見つめていた。




「何が起こっている!?」

鉄の腕に雷が落ち、辺りが一瞬だけ目映い光に包まれた。

反射的に、目を守る為に目を瞑ってしまった九鬼。

しかし、その瞼の裏から、九鬼は見ていた。

光の行方を。

すると、雷鳴に紛れて、別の冷たい光が一閃するのをとらえた。

九鬼の無意識は、瞼の裏でとらえるよりも速く、九鬼の足に回避行動をとらせていた。


「何!?」

死角から、刀を振るった十夜は、雷鳴に隠されたこともあり、百パーセントかわされることはないと確信していた。

しかし、九鬼はかわしたのだ。

「やるな!」

その動きは驚きよりも、歓喜の震えを十夜に与えた。