溺愛王子とヒミツな同居2




「だって、さっきそこの男子生徒A君が大きな声で騒いでたんだよ。

ヒロ君が他校の可愛い女の子に掴まったって」



そこの、と指差しされた男子は、いきなり話を自分に振られてビクッと肩を跳ね上がらせていた。



そんな麻生先輩の話に、今度は宮内君が大翔君に目を向ける。



「大翔……まりやちゃんというかわゆい彼女がいながら、他の女の子とどういうことになったのか説明し」



「うっせーんだよ、てめぇは。

さっき浮気なんてするわけないでしょって言った奴と同一人物とは思えない発言だな」



「ちょっとからかっただけでしょ。

もう、そんなプリプリしたら、イケメンが台無しだ・ぞ」



可愛げに大翔君の頬を右手の人差し指でプニッと押した宮内君に、大翔君は「チッ」と舌打ちを返す。



「キミ達が仲が良いってことはよくわかったけど、ヒロ君はその女の子に告白でもされたの?」



麻生先輩が大翔君に顔を近付けて、目を覗き込んで本当のことを聞き出そうと迫る。



教室中がその光景に目を見張り、聞き耳を立てている。



話題の中心人物の大翔君はというと、いつもと変わらずしれっとした口調で答え返す。





「声をかけられたのは、確かだけど……別に何もねーよ。

それにあの他校の女子が用事あったの、俺じゃなくて」



と、言葉を切ると、隣の宮内君に大翔君が視線を移す。



その行動を追うように、クラスメイト達の目も一緒に動く。



一気に注目の的となった宮内君は何も言わず、自分のことを指差して『オレ?』と大翔君に聞き返していた。



「おい! 光どういうことだ!」



「そうだぞ! 詳しく聞かせろよ」



男子達は一気に宮内君の周りに集まってきた。



だけど、どうしてこんな状態になってるかわからないという顔をしてる宮内君は、大翔君に目で問いかけている。



「はぁ……。俺に話しかけてきた他校の女子、お前に会いに来たんだよ。

名前は確か……篠原純礼(しのはらすみれ)」



「すみ、れ……?」



大翔君がその彼女の名前を口にした途端、宮内君の顔が青ざめる。



「何か、お前に用事があって会いにきたって言ってたけど」



宮内君の知り合いの人だったんだ。





よかった。



大翔君に会いにきた人じゃないと知って、ひと安心して溜めていた息をそっと吐き出した。



「なぁ~んだ。ヒロ君の浮気相手じゃなかったわけか。

残念だなぁ。

ひとりの女の子を特別に想うって素敵だと思うけど、ヒロ君はモテるんだからもっと楽しまなきゃ損だと思うよ?」



麻生先輩がつまらなそうに大翔君の肩に手を乗せる。



そして大翔君の耳元で何かをボソッと呟いて、予鈴が鳴ったと同時に教室内にいた女子に手を振って、自分の教室に戻っていった。



麻生先輩が去ったあとの廊下を大翔君が鋭く睨んでいたのが気になったけど、



途端に静かになった宮内君の様子がいつもと違うこと、それも私の中で引っ掛かっていた。






その日の夜。



まりやが夕飯の準備をしている時に、久しぶりに海外にいる母さんから電話がかかってきた。



『大翔~! 久しぶりね! 

どう? まりやちゃんとの同居生活エンジョイしてる?』



「たまに電話かけてきたと思ったら、ひと言目がそれって……。

他に言うことねーのか」



『もう、置いてきぼりにされたからって拗ねないの。

寂しいなら寂しいって素直に言いなさいよ~』



相変わらずの母さんに、思わず耳からスマホを遠ざける。



『ねぇ! ちょっと聞いてるの? 大翔ってば』



反応が返ってこない俺に電話越しに喚いてくる。



「そんなデカい声出さなくても聞こえてるって。

で、何の用?」



『んもー!! 可愛い息子に久しぶりに声を聞かせてあげようと思った母心を『何の用?』で済ますなんて!

そんな薄情息子に育てた覚えはないわよ!』





俺の返答が気に入らなかったらしく、余計にうるさくなった母さん。



電話してるだけなのに、なんで俺がこんなに疲れなきゃいけないんだ。



「そっちは上手くいってんの?」



『当たり前でしょ! お父さんの仕事も私達の仲もバッチリよ!』



「あっそ……」



『ちょっと、今くだらないとか思ったでしょ?』



仕事の報告だけ聞ければよかったのに、自分たちの心配をしてくれない俺にまた母さんが喚き始めた。



「ま、とりあえずよかったよ。体に気をつけろよ、母さん。

また日本に戻ってくる時に連絡くれればいいから」



それから少しだけ話して、電話を切った。



「留美おばさん?」



キッチンで夕飯の準備をしていたまりやが俺に聞いてくる。



「そう。相変わらずの元気っぷりで参るよ」



ダイニングチェアの背もたれに体をぐったりと預けた俺を、まりやがクスクスと笑う。





「留美おばさん、昔から可愛らしい人だったもんね」



可愛らしい、ね。



元気はあるけど、可愛らしいとは程遠いような気も。



思ってても口に出すことなく、まりやの手伝いをしようと姿勢を正して立ち上がろうとした。



――ブーブー。



スマホのバイブがまた鳴る。



何か母さんが言い忘れたのかと画面を確認すると、光からの着信だった。



今日といい、この間のことといい、ハッキリしない光の態度がずっと気になっていた。



しばらく画面を見つめたあと、通話ボタンを押す。



「はい」



『あ、大翔? やっほ~。

今話しても大丈夫そう?』



光の口から気遣う言葉が出てくるなんて思わなかった俺は、驚きながらもやっぱり様子がおかしい光が気になる。



まりやに目配せして、静かにするように俺が自分の口元に人差し指を当てると、理解したようでひとつ頷いてくれた。



「どうした。お前らしくもない」





気になりつつも、普段通りに返す俺に、電話の向こう側から光が少し笑う気配が伝わってきた。



『今からさ、大翔の家に行ってもいい?

ちょっと聞いてほしいことがあるんだよね』



今からと言われて、ふとリビングの掛け時計に目をやる。



もうすぐ7時を指そうとしてる秒針を目で追いながら、椅子から立ち上がる。



「いつも人の予定なんかお構いなしのくせに、今さら何言ってんだ」



『ははっ。だよね。じゃあ、今から行くから』



光が電話を切ったのを確認して、スマホを耳から離すと、まりやが近付いてきた。



「どうしたの?」



尋ねてくるまりやの頭に、ポンッと手を乗せる。



「少し家に戻る。光が来るから。

せっかく晩飯作ってくれてるのにごめんな。

先に食べてていいよ。遅くなるかもしれないから」





瞼を伏せて頷いたまりやは、笑顔で「いってらっしゃい」と送り出してくれた。



最近では、掃除の時と着替えを取りに帰るくらいしか自宅に戻らない。



数日ぶりに自宅に戻ってくると、少しの間空気を入れ換えて、光を待つことにする。



15分くらい経った頃。



インターホンが鳴った。



光だとはわかっていたけど、一応モニターでその姿を確認する。



「開いてるから上がってこいよ」



モニター越しに告げると、光は「お邪魔します」と家の中に入ってきた。



部屋に案内すると、ローテーブルを挟んでお互い座る。



「あ、これ差し入れ」



そう言って袋を掲げた光は、中からペットボトルのジュースやお茶を取り出した。



「へぇ、ここが大翔の部屋なんだ。

この間来た時は、部屋にも入れてくれなかったもんな」



「お前が急に来るからだろ。

人のことなんかいつもお構いなしなくせに」



少しは悪いと思ってるらしく、頭を掻きながら苦笑いを返してきた。





「あの、さ」



光が持ってきたお茶に手を伸ばした時。



言いにくそうに光が声を出した。



しばらく黙って待っていたけど、なかなかその続きを言い出さない光。



何を迷ってるのかわからないけど、こいつらしくない。



「何だよ。また女絡みか」



「そうなんだけど、今回はちょっと違うというか」



煮え切らない態度にハッキリしろって言いたくなるのをグッと堪えて、出かかった言葉を喉の奥に押し込む。



「あーっ!!」



突然デカい声を出して叫びだした光に、少し驚いた。



うるせぇ……。



「こんなのオレらしくない! よし、ハッキリ言う!」



ひとりで悩んでたかと思えば、急に解決して忙しい奴だと見ていると、光が姿勢を正し正座をすると、俺を真っ直ぐ見つめてきた。



「実は、ヨリ戻したいって言われたんだ」