ホワイトデー前にクッキーを大量に焼いてラッピングするのは、私とお母さんの年中行事みたいなものだ。


「これが、お父さんの会社の分ね。壱瑳は今年五個かな」

「あんな愛想もない子なのに良くこんなにもらえるわね」

「壱瑳は静かだけど誰のことも見捨てないからね」


同じ班とかになれば掃除も最後まで付き合うし、プリントが出来ない子にも最後まで付き合う。
陽気に話しかけてくるわけでもないけど、信頼できるんだ。

ただ黙って佇む姿は母性本能をくすぐる……と言う明桜ちゃんの談もある。

ミーハーみたいな子には好かれないけど、壱瑳はそれなりに人気があるのだ。


「ただいま」

「あ、壱瑳、お帰り。今年のクッキー五個で良かった?」

「うん」


それに、私の分と彼女の分は入っていない。


「……作りすぎたわね。今年は智の分は紗優ちゃんが用意してくれるだろうし」

「ま、お兄ちゃんは毎年そんなに貰ってこないけどね」

「紗優ちゃん、食べるかしらね。琉依、暇なら持って行ってよ」

「りょーかい。壱瑳もいく?」

「んー。俺はいい。眠い」

「またぁ? もーいいよ! 惰眠をむさぼれ! そしてそのままベッドと同化してしまえー」


言い捨てて、上着を取りに二階へ行く。

昔は何処に行くにも一緒だったのに、今は別行動のほうが多くなった。


いつも服の裾を掴む壱瑳を引っ張っていっているつもりだった。

でもその手を離されて、心細くなっている自分に気づく。
守られていたのは、いつだって私の方だった。