髪は真っ黒で後ろできっちりお団子にしている。
ずり落ちそうになった眼鏡を直しながら、丁寧に書くところを教えてくれた。

派手さは無くて、一見野暮ったい感じのする人だったけれど、それでいて爪は綺麗に磨かれていたし、シャツのアイロンはピシっと効いていた。おしゃれと言うよりは清潔な人なんだろうなと思った。

話し声は穏やかで、どことなく一緒にいると安心する感じ。
右手の薬指についていた指輪が気になったけど、彼氏がいるというには洒落っ気がなさすぎる気がした。


その途中で壱瑳が来て、「え? 琉依」と珍しく驚いた顔をした時に、壱瑳はとっさにその朝月さんを見つめた。


私に対して、見られたくないものを見られたという表情をしたのはそれが最初。

なんとなくショックで、ぎこちなく笑って店を飛び出した。

壱瑳は彼女が好きなのかなと思い始めたのはその時。

ずっと壱瑳と一緒にいた私には、細かな変化がすぐに分かってしまう。
恋をした壱瑳は、今までと少しだけ変わってしまった。




「なんだそうかー。残念。私、実はちょっと壱瑳くんいいなーって思ってたんだよ」

「なにそれ、初耳だよ」

「チョコあげたのよー。聞かなかった?」

「もらったのは皆義理って言ってたよ」

「そりゃ、脈ない人に最初っから本気だなんて言えないっしょ。……あーでも、無理かなー。壱瑳くんを男っぽくしたのがその人なら勝ち目ないかなー」


ため息を吐き出す明桜ちゃん。
いいね。そうやって公言出来るだけでも、私は羨ましいよ。