「あの…」


「ん?」


「あとでもいいですか?」


「ふーん、焦らすつもりなんだ」


焦らすなんて、そんな高度な技を持ち合わせているのではなくて、ただここでは恥ずかしいだけだ。だって、おばさんがまだ見ているのだもの。


「分かったよ。楽しみにとっておく。あ、もうすぐ着くな。降りる準備しないと、それ忘れるなよ」


「はい」

文庫本は私の膝の上に落ちていた。藤沢さんのせいで全然読めなかった。


冷房の効いた新幹線を下りると暑さを感じる。避暑地である軽井沢でも夏は暑い。でも、時折吹く風が爽やかで東京の暑さとは違う。

まだ夏休みだからか観光客が多い。「相の森」もまだ忙しい時期なんじゃないのかな?


「今日行っても大丈夫なんですよね?」


「ああ、今日は午後から営業するらしくて、午前中ならいいと向こうから言われたんだよ。だから、大丈夫」