その“まーくん”の後に続くはず言葉が……なかなか聞こえてこない。



――“ごめんね”

――“早く戻ってきて”



それとも、



――“やっぱり別れたい”……?








どうにかなってしまいそうで、正史は大きく息を吸い込んだ。


「――どうした?」


さっきの冷静を装おう演技も、すっかり忘れてしまっていた。

つまらない意地なんかはらなきゃよかった……実織が、いなくなってしまう。


『……あの……』


電話口の向こう、実織がしゃくりあげる声がする。



















『ご……ゴキブリ……』


「へ?」


『部屋に……ゴキブリ、出っ……はやく……帰ってきて……!』







一方的に電話は切れてしまった。


「……ふ……ははは」


最近めっきり家事をしなくなった実織――しかもただでさえ掃除が苦手な実織。

きっと台所は荒れ放題で、触角を動かすゴキブリの姿を見つけて顔面蒼白になっている可愛い実織の画が容易に想像できる。


「そんなとこも……やっぱり好きだよ」





切れてしまった電話に優しく微笑んで、正史は部屋を出た。










Fin.