自室の扉を開けて、息を呑んだ。



「お帰り?」




会わないように、そう思って気をつけていたのに。

いざ本人が目の前に現れると、思考が完全に停止する。



そもそもおかしい。

真央君が、何で私の部屋にいるの。

叔母様は、真央君に近づくなと言ったから、真央君が叔母様の命令で此処に来たとは考えられない。

少しかわいそうと思う程に、生活を叔母様に監視されている真央君が、どうして叔母様の許しなしに此処に来れたんだろうか。

いや、違う。

今はそんな事を考えている場合じゃない!




私は逃げようと、ドアから一歩後ずさる。

けれど余計な事を考えていたせいか、私が走り出すよりも真央君が私の手首を掴むのが先だった。

背中に寒気を感じる程の、捕食者のような視線。

それに怯んでいるうちに強く引っ張られ、私はバランスを崩して床に倒れる。

それに追い討ちをかけるように真央君は私の着ている寝巻きの首の部分を掴んで引っ張った。



「3……いや、4年ぶりか。元気にしてた?ご丁寧に避けてくれてどうもありがとう。」


ご丁寧に、を強調して真央君は言う。

陰飛羽生になってから、彼と直接言葉を交わした事は無かった。

真央君が言うように、避けていたから。



久しぶりに見る真央君は、記憶の中の真央君より少し小さくなった気がした。

それは私が小学生から高校生に成長したからだと、後になって気付いた事である。



真央君の、真子叔母様に似た冷たい瞳が私を見据える。


「陰飛羽は楽しい?」




楽しいと答えたら、どうなるの?

今すぐ学校を辞めろとでも言われるの?

真央君の質問にどう答えると駄目なのかが分からなくて、私は答えられないでいた。

怯えた私が面白いのか、真央君は機嫌よさそうに微笑む。



「ねぇ、俺にはウイちゃんの幸せをぶち壊す権利がある。そうだよね?」


まるで睦言でも言うような、ゾッとするような優しい声でそう言った。




「没落寸前の英国貴族、ラッセル家。1801年、ラッセルデパート一号店をスタートし、そこからは急成長。しかし、二度の世界大戦による軍事産業の流れに乗れず経営難に陥る。」



真央君は立ち上がり、声高らかにそう語る。

首元が開放されたけれど、私は立ち上がる事ができなかった。

色々な感情が相まって、体に力が入らなかったのだ。

私の異変に気付くことなく、真央君は話し続ける。



「現当主の、妹を資産家と結婚させて持ち直す作戦はあえなく失敗。現当主リチャード・ラッセルの妹、フローレンス・ラッセルが、ホームステイで受け入れた日本の金にならない元華族と大恋愛をしてしまったから。

で、ようやくフローレンスの長女が“カラス”を捕まえたのに、そのカラスはあっさり死んで。長男も日本の中小企業の娘なんかと結婚しちゃって。次男は、フラフラしてて見込みはないときた。可哀想なリチャード当主の最後の望みは、初伊ちゃんだ。」



ご丁寧に全てを話してくれなくたって、自分の事なんだ。

分かってるのに楽しそうに話を続けるのは、私の苦しむ顔が見たいから。




「烏丸はラッセルに、無期限無利子で投資だってするし、潰れないように面倒も見てあげる。それは完全な慈善事業だね。そしてそれを最後まで反対したあのババアを説得してやったのは誰?」

「真央君には感謝してる。」

「そうだよね。ならウイちゃんは、俺の言うこと、聞くべきじゃない?」



もし私が頷かなければ、

ラッセルに対する支援がなくなるかもしれない。


もしその支援がなくなれば、

私の大切な人達が苦しむかもしれない。



それならば私は、笑顔で頷こう。

望むのなら真央君の手の上で、真っ赤に燃えるガラスの靴でも履いて、楽しく踊ってみせようか。