恵はツウッと私の顔の輪郭をなぞり、そのまま顎を持ち上げ、妖しく笑って話を続けた。




「誰彼構わずいい顔しちゃって、そんなに初伊は軽い女になっちゃったの?」

「恵。」

「初伊は俺だけ見ていればいいでしょ。なのに…………ああ、君だけを責めるのは可哀想か。君を惑わす奴も悪い。他は全部消そうか。」




普通の人が「他人を消す」と言っても、「出来るはずがない」と笑えるだろう。

けれど恵は、きっとそれが出来てしまう。

このままだったら、大犯罪人になろうとも、恵は笑ってそれをするだろう。





私は恵にそんな事、させない。

止めてみせる。絶対に。





呼びかけても、恵は無視をする。

彼は私に話しながらも、私を見ていなかったんだ。

止めるには話をしなきゃいけなくて、話を聞いてほしくて。

でも恵は私を見てくれなくて。




「恵、私の話も聞いて!」




止まらない恵の意識をこちらに向けるために私は、両方の掌で恵の顔を挟んで物理的に私の方に向けた。


いままで上の空だった瞳が、ちゃんと私を見据える。




「恵はどうしてほしいの。私に何を求めているの?」



虚をつかれたような顔をした恵。

だけどそれも一瞬で、すぐにまた笑顔に成り代わる。


笑顔の恵を見ながら私は私から“恵のして欲しいこと”を聞くのは初めてかもしれない、と考えていた。


いつもお願いするのは私の方で、恵からのお願いは聞かなかった、と。




「俺はね、初伊が欲しいんだ。初伊に俺だけを見て欲しくて、俺だけを好きになってほしい。」




恵の口から発せられた“して欲しい事”は、やはりかなりの無理難題だ。

“恵を見ること”も、“恵を好きな事”も、それ自体はもうしている。

けれどそれだけじゃ足りない。




彼のお願いには“だけ”がつくから。