─────海が好きだ。


特に、明け方の海が好き。

その途方もなく大きい存在を見ているだけで、心が穏やかになる。







そう言えば昔……まだ本当に小さい時に、海が欲しいと泣いて千鳥さんを困らせた事がある。



『泣くな、ミコ。海が欲しい?ならいつか“海”に会わせてやるよ。』



泣きじゃくる僕を抱き上げて、そう慰めてくれた。


それをモノに出来るかはお前次第だけどな、と口の端をあげて千鳥さんは何かを企むように笑ってたっけ。


その隣で……あの女は、微笑んでいた。


まだ、家族が3人だった頃の話。


懐かしい─────




「東麻君、大丈夫?!」






突然視界に入ってきたのは、驚くほどに澄んだ海色。

驚いた。

現れたのは、あの子。

もう会いたくないと、会わないと、心に決めたあの子だった。




初伊ちゃん?と確かめるように名前を呼べば、その子はホッとしたような顔をする。

その表情は、まるで天使のように綺麗だった。



ていうか、なんでここにいるんだろうか。

今は普通の学校は授業中じゃない?

そもそもこんな路地裏になんでいるの?

攫って襲ってと散々な事をした僕が言える義理じゃないけれど、この子、危なっかしすぎない?




「早く、ここから逃げた方がいいよ。」



別にもう、この子に用はない。

泣かせる理由はない。

だから傷つかないうちに、安全な所に戻って欲しい。


そう思ったのはきっと、その綺麗な海色の瞳が曇るのを見たくなかったからだ。