託実に案内されて歩いていく部屋。
私の買い物の戦利品は今も全て託実がその手に持ち、
私は託実の後ろをぴたりとくっついて歩いていく。
他のファンの子たちには、
誰にも見つかりませんように……そんなことを祈りながら
託実の後をゆっくりと歩いていく。
カードが差し込まれて鍵が解除される。
ダブルベッドの部屋を一人で使う託実。
「思ったより普通の部屋なんですね」
思わず毀れた言葉に託実は笑い返す。
「何、百花ちゃん、不満?」
「いえっ。
そう言う訳じゃなくて……」
「スィートルームを期待したって?」
図星。
シャンデリアとかが広がるただっ広い部屋……想像してた。
だって託実の部屋だもの。
「ふふふっ。
百花ちゃん、可愛いね。
ちょっぴり……物足りないかも知れないけど
今は百花ちゃんだけの俺ってことで」
私だけの託実?
嬉しいけどそんな言葉、
甘い口調で耳元で囁かれたら……私……。
お湯を沸かし日本から持って来たらしい紅茶を入れて
ホテルのカップに注いで持って来てくれた託実。
「はいっ、座って」
促されたソファーへと私は着席して、
紅茶をゆっくりと口元に運ぶ。
「……美味しい……」
「そう、それは良かった。
俺の兄さんたち、紅茶には煩い人だからね」
そうやって私の知らない託実のプライベートを
少し話してくれる。
託実は私が座ったソファの向かい側、
ベッドに腰掛ける。
夢みたい……託実と一緒に
私……今、お茶してる……。
託実の部屋で。
高鳴る鼓動が託実に聞こえてしまわないか
心配だよ。
「それで今日は何してたの?」
そう言いながら、
手にしていた戦利品の袋に視線を向ける。
「何してたって、唯香はTakaの権利見事勝ち取っちゃって
幸せの時間。
一人でホテル居るの寂しいなーって思っちゃって
ヤケ酒じゃないけど、無性に散在したくなったって言うか
買いもの行きたくなっちゃった」
「俺が百花ちゃんの番号を引けなかったから?」
紅茶のカップを口元に運びながら、
託実が言葉を続ける。
「そんな……託実さんは悪くないです。
私がもっと、
ディズニーで頑張ったら良かったんだから」
「百花ちゃんは、三枚だったかな?」
「えっ?はい。そうです。
三枚です。
アドベンチャーランド、トゥモローランド、ファンタジーランド。
でも後一か所はわからなくて」
「俺のアー写は、三枚で最大だったんだ。
一番多い子で、五回くらい出てたんだけどね。
この熱さに少し立ちくらみを起こして、
夜に向けて調整するために、俺は三か所にしか出てなかったんだ」
そうやって言葉を続けた託実に、
私はその三枚すべてを手に入れられたことが嬉しくて
胸を撫で下ろす。
権利の全てを手に入れながら、外れてしまったのなら……
それはもしかして、こうなる時間を……夜に託実と二人で会える時間を
神様が用意してくれてたから遠慮しろってことだったのかもしれない。
「それで……立ちくらみって、託実さん今は?」
「もう大丈夫。
水分補給のタイミング失敗したのが原因だったみたい。
夜の大役も無事に終わって、少し行きたい場所があったからね。
そこに立ち寄って帰ってきたら、こんな時間だった。
それで百花ちゃんに出逢えた」
何時の間にか空っぽになった紅茶のカップをテーブルに置くと
妙に託実を意識してしまって、ドクン・ドクンとそのビートを弾ませて行く鼓動。
遠い存在だった託実が、
こんなにも近くに感じられるから……。
「どうかしたの?百花ちゃん」
「あっ、いえっ。
えっと……緊張しちゃって」
その言葉の後、
一気に託実の顔が近づいてきて唇に何かが触れた。
暖かい感触が流れ込んだ途端、頭の中は真っ白。
慌てて逃げるように立ちあがった私は、
テーブルに足をぶつけて、託実の目の前で豪快にコケる。
慌ててフォローしようと手を指し伸ばしてくれる託実から
抜け出すように、私は託実の部屋から飛び出した。
カチャリっと託実の部屋のドアが閉まる音を背後で感じながら。
夢の時間を過ごしたシンデレラがガラスの靴を忘れたように、
私も託実に持たせてしまった戦利品の全てを忘れ、
託実の部屋を飛び出した瞬間をまさか関係者に見られているとも知らぬままに。
靴すらまともに履けないまま、
エレベーターに乗り込んで、自分の階のボタンを押すと
壁に持たれる。
鏡に映るボロボロの情けない私自身。
靴を綺麗に履きなおすことも出来ず、
自室へと戻ると、
夜遅いにもかかわらずチャイムを鳴らした。
こんなに夜遅くにごめん、唯。
でも早く起きて。
早く、私を部屋の中に入れて。
ちょっぴり寝ぼけ気味の唯香が中から扉を開けてくれる。
思わず唯香に抱きつく私。
驚いたような素振りで私を抱き返す唯香。
「百花、どうしたの?」
「ごめん、今帰ってきたの。
少しでいいからこうさせて」
そう呟いた私に唯香は部屋のドアを閉めてカギをかけると
ベッドの方に連れて行ってくれる。
ごめん、唯香。
何も今は言えないよ。
どうやって言えばいいのかわからないの。
ただ私の唇には、
今も残る託実の感触・ぬくもり。
夢の時間はゆっくりと過ぎて
シンデレラはいつもの日常に戻っていく。
……託実……。
FC旅行最終日。
早朝からホテルの部屋のドアをノックする音が聴こえた。
ベッドに沈んでいた重い体を、
引き上げるように体を起こすと、
部屋のドアを内側から開けた。
「託実、話があるわ」
そう言いながら、見るからに眉間に皺を寄せて
入って来るのは、Ansyalのマネージャーを大学時代から手伝ってくれる
東城実夜【とうじょう みや】。
入り込んできた実夜の背後で、
カチャリと音を立ててドアが静かに閉まった。
「託実、私が此処に来た理由、
貴方ならわかるわよね。
隆雪の親友の貴方が……
今のこの時期に、何てことしてるの?
ファンの女の子を自室に連れ込んで。
隆雪が大切にしてるAnsyalを潰したいの?
ゴシップ誌のカメラマンが来てたらどうするのよ?
ただでさえ、Ansyalは注目が高いのよ。
隆雪が交通事故で眠りについたままの現状も世間は知らない。
ファンを悲しませないように欺いたことが、ファンの為だと言うなら
最後まで守りなさいよ。
Ansyalのリーダーとして隆雪から意を任されてる貴方の軽はずみな行動、
私は一人の人間として軽蔑するわ。
最低よ。
Ansyalためにあの子の存在は目障りよ。
もし貴方が、あの子に執着を続けるようなら
私は迷いもなく、あの子を消すわ。
隆雪の宝物なのよ……。
親友の貴方が、軽率な行動で壊していいものじゃないの。
貴方にはAnsyalを守る義務があるのよ。
それだけは忘れないで。
今回の一件、社長と会長には報告させて貰うわ」
勢いに任せて、俺に言いたい放題感情をぶつけた実夜は、
下を向いたまま俺の部屋から飛び出していく。
溜息を吐き出しながら、
俺は力なくベッドへと崩れる。
Ansyalは隆雪の宝物。
そう言われてしまえば、
俺には何も言い返せない。
大学時代。
俺の中学時代からの親友である、
堂崎美加の紹介で出逢ったのが、東城実夜。
実夜は隆雪のファンの一人だった。
実夜は幼い頃に、実の両親に虐待されて施設に保護された存在。
そして養親と出逢い、今の家族に迎えられた。
そんな養父が病気の為に他界し、養母だけになった実夜の周囲には
養父の遺産を狙う親族たちが集まった。
心無い誹謗中傷に傷ついた実夜を支えたのが、
隆雪が作曲した俺たちのAnsyalのメロディー。
美加に連れられて俺たちAnsyalと交わるようになった後も、
想い人が居る隆雪の心を知りながらも、
出来る限り傍で、隆雪の為に何かやりたいと今も学生時代から担っている
マネージャー業務を続けている一人だった。
そんな実夜だからこその言葉だとは、
俺も知ってるつもりだったんだけど、
「意外に心に突き刺さってくるものだな……」っと自嘲的に呟く。
Ansyalは、俺にとっては理佳との夢の形。
中学三年生の夏に出逢った、理佳が俺に刻み込んでくれた夢の形。
そして隆雪にとってのAnsyalは、
病気を発症した後、現実を受け止めきれずに向かった場所で
アイツの命を助けた一人の女の子にメッセージを送り続ける為。
名前も何も知らないその少女が眠るベッドに、
隆雪はたった一枚、自分たちのデビューCDのサンプルを置いた。
その少女に自分の今を見て欲しいから、
ただその一心で、治療とバンド活動を必死にこなし続けてきた。
隆雪の想いも、実夜の想いも知ってる。
Ansyalを潰したいわけじゃない。
そんなつもりはねぇよ。
隆雪を裏切りたいわけでも、傷つけたいわけでもない。
ただ……俺は……
自分の心と向き合いたいだけなんだ。
俺自身がこの暗闇から抜け出すために。
それすらAnsyalのリーダーを担うっていうポジションは
許されないのかよっ!!
八つ当たりするように、怒りに震えた握り拳で
ベッドマットを叩く。
そして……昨夜、百花ちゃんの姿が理佳と重なって、
気が付いたら、キスをしてしまっていた現実を思い返す。
「傷つけたよな……。
百花ちゃんじゃなくて、理佳を思って代わりにしたなんて知ったら……。
最低だよな」
独り言を口ずさむように吐き出した。
ふいにシーンとした部屋に鳴り響く携帯の着メロ。
液晶に表示されているのは、十夜の名前。
ゆっくりと通話ボタンを押して耳に携帯を押し当てた。
「託実、起きとるか?」
「あぁ」
「なんや実夜女史が偉い剣幕やったけど?」
「悪い……。
百ちゃん、部屋に連れ込んだの見られた」
そう切り返した俺の言葉に電話の向こうで、
十夜は笑いながら続けた。
「そうか……。
百ちゃん招待したんか。
託実もええ人に出逢えたらええよな。
Ansyalの俺らじゃなくて、素の俺らでも
受け入れてくれる存在にな」
そう続けられた言葉に、チクリと心が痛む。
「そうだな……でも今回は逃げられたよ。
シンデレラのガラス靴を残して」
シンデレラが残したガラスの靴よろしく、
百ちゃんが残したのは、あの日百ちゃんが香港の夜店で購入した
戦利品たち。
「託実、ゆっくり動けよ。
それに一人で気負い過ぎるな。
マスコミ関係に写真が出回るようなら、
オレが先に手を打つ。
まっ、オレの素性を知るやつなら
下手なことは一切しないばすだからな。
オレと紀天は先に日本に帰国する。
あっちの仕事が残ってるからな」
「あぁ。
ツアーが始まったら、また十夜にも先輩にも
大変な日々になると思うが頼む。
雪貴や祈たちと一緒に俺は帰国するよ」
そう言うと十夜との電話を終えて、
帰国に向けての準備を行った。
*
帰国した俺の自宅には今も百花ちゃんの忘れ物が残されているものの
届けることが出来ずに、夏休みを利用して行うワンマンツアーの準備に追われていた。
札幌、福岡、広島、松山、神戸、大阪、京都、名古屋、金沢、新潟、仙台。
そしてファイナルとなる、東京。
8月9日のツアースタートから、25日の地方行脚最終日。
そして8月31日のファイナル。
それを恙なく終わらせるのが、今の俺にとっての最優先課題であり、
俺にとって苦手な、
理佳が旅立った夏を忘れるように乗り越えるための術となってた。
夏休みといえども、学生には学校があるわけで香港から帰国した翌日から
僅かの時間でも雪貴は、学院へピアノコンクール用の授業を受けに出掛ける。
十夜たちも家業の関係ですぐには合流出来ず、祈と俺と事務所の関係者たちで
ツアー用の準備行っていた。
その関係で雪貴に電話をした俺の着信履歴を、担任でもある唯香さんに見られたらしく
雪貴から一報が入る。
【託実さん、すいません。
俺の担任……えっと、ドセンで応援してくれるTakaファンの唯ちゃんなんですけど、
託実さんからの着信見られました。
今から兄貴の元に連れていきます】
そんな翌日から始まった、全国ツアー。
移動に移動を重ねた強行スケジュールに、
何とか体調を持たせながら、夏を送り続ける。
LIVEの時間は真剣に、完ぺきにこなし続けるTakaとしての雪貴。
だけどステージを終えて移動時間になると、自分の世界に閉じ籠っていく雪貴。
そんな雪貴の状態に実夜もメンバーも気遣いながら、
ステージをこなし続けた。
そんな地方公演最終日。
ついに雪貴の身に限界が起きた。
いつもの様にリハを終えて楽屋で過ごす時間、
ふいにガシャンと言う音がして俺たちはその音の方へと向かった。
駆けつけた時、
雪貴は楽屋の鏡を割って
その拳から紅い血を流してた。
「Taka、何してる?」
駆け寄って雪貴の腕を掴み取る。
床にポタポタと落ちては
溜まっていく血液。
「十夜、救急セット」
慌てた俺の声にすぐに十夜は兄さんたちが用意してくれてた
救急セットを手に駆け付ける。
十夜からの自分の携帯で裕真兄さんに連絡して指示を仰ぐ。
裕真兄さんの指示通りに、目で見える鏡の破片をピンセットで取り除いて
消毒液で消毒を終えると傷口をガーゼと包帯で覆って一息をつく。
その途中、アイツの体が力なく崩れ落ちた。
受け止めた時に感じだのは異常なまでに熱い体温。
「雪貴?」
狼狽える俺の隣、十夜が体温計を差し出しながら
すぐに携帯で何処かに電話を繋ぐ。
雪貴を抱き上げて、楽屋のソファーへと横にすると
そのまま体温計を耳にあてて瞬時に体温を確認する。
39度近い体温。
「託実、グランに電話繋いどるから。」
そう言って十夜から託された電話の向こう、
裕兄さんの声が聞こえた。
「託実、伊吹から話は聞いたから。
手渡してる袋の中に、鎮痛剤があると思うからそれを飲ませて
水分補給をしなから休ませること。
雪貴君は、本人が望むまでは今日のステージは休ませること。
ストレス性たど思うけど、熱が下がらないようだったら
もう一度連絡を。
私は近場に居るから後から立ち寄るよ」
そう言って電話は途切れる。
雪貴を眠らせたまま、Liveを始めたその日、
アンコール前に薬の効果が熱が下がった雪貴が
ステージに姿を見せる。
雪貴が戻ってきたステージで
演奏するのは、「光射す庭で」。
隆雪への俺たちからの想いが
沢山詰まった一曲。
そしてそのまま地方公演ファイナルも無事に終えて、
そのまま車に乗り込んで、俺たちは住み慣れた街に戻っていく。
一度、事務所に戻ってメンバーそれぞれが解散。
俺の愛車に乗り込んで病院まで移動する。
理佳が旅立った命日は明日……。
出来れば……この時期に、
あの場所は立ち寄りたくないなっと言う想いと
隆雪に報告したいと言う想い。
2つの想いを天秤にかけながら、
その場所に踏み込んだ。
その場所で知らされたツアー中の空白の時間。
雪貴にとってのドセンの女神は、
隆雪と雪貴の一件を知って、体調を崩して百花ちゃんによってこの病院に運ばれた。
入院が決まったにもかかわらず、逃げ出そうとして階段から足を滑らせて転倒。
そのまま記憶を喪失すると言う形で、
今に至っているのだと兄たちは情報を提供してくれた。
Ansyalの秘密が深く関わる人となってしまった唯香ちゃん。
雪貴は、隆雪の病室に顔を出した後、すぐに唯香ちゃんの病室へと足を運ぶ。
彼女にとっての雪貴は、AnsyalのTakaではなくて
学校の教え子。
ピアノコンクールの為に必死に演奏を練習する一人の生徒でしか存在しなかった。
そんな唯香ちゃんに寄り添う様に、
雪貴は教え子としての自然な形で唯香ちゃんと接し始める。
唯香ちゃんの心の中に、雪貴がTakaとしてあり続けるのも
彼女が事実を知って、苦しみ続けるのも耐えられない。
記憶喪失。
この形が最善なのかどうかなんて、わかるはずもないが
それでも暫くは、この二人の行く末を間見守っていこうと俺の心を決める。
二人の病室を出て、院内の廊下を歩いていると
視界にスーっと入り込んでくるのは理佳。
そんなはずはないと慌てて目を擦って、
再度、目の前に視線を向けるとそこには、
最近気になって仕方がない百花ちゃんの姿があった。
「託実……さん」
思わず百花ちゃんが俺の名を呼ぶ。
「百花ちゃん……」
「ツアー終わったんですね」
「昨日の仙台で地方は終わったかな。
後は31日のFINALを残すのみだよ」
「そうですね」
「百花ちゃんはどうしてここに?」
百花ちゃんがこの場所に居る理由。
それは多分……唯香ちゃんだと推測はするものの、
彼女の姿が理佳と重なるデジャヴに思わず問いかける。
「あぁ、今ここに唯香が入院してるんで。
お見舞いです」
「そうなんだ……唯香ちゃんが入院。
お大事に」
そんな当たり障りのない言葉を交わして、
スマートに去り方を意識しつつ、
心の中では逃げるように、
その場所を後にして理佳が使っていた病室まで走り続ける。
もうプレートもずっと昔に外されたその部屋のドアをあけて、
俺が入院している時に使っていたベッドへと倒れ込む。
狭いベッドに寝転んで、仰向けになりながら
アイツが使っていた、誰も居ないベッドへと視線を向けた。
*
「た・く・み……」
*
ゆっくりと俺の名を途切れ途切れに紡いだ
理佳の最後の声が、ゆっくりと浮上してくる。
理佳……。
理佳の顔を思い出せば、ふと重なっていくもう一つの顔。
理佳と百花ちゃん。
鬩ぎあう二人から逃げ出すように、再び理佳が使っていた病室から抜け出して
隆雪の病室へと飛び込んだ。
ベッドサイドの椅子に腰掛けて、親友の顔を見ながらも
俺の精神は自分でコントロールが出来なくなって息苦しさを覚え、
俺はアイツのベッドに体を預けるように意識を手放した。
目が覚めたのは伊舎堂の親族のみが使用できるVIPROOMの一室。
久しぶりに顔を見た親父とお袋。
そして隆雪の病室で倒れたのを見つけ出してくれた、
裕真兄さんの姿があった。
「託実、目が覚めたのね。
喉は乾いてない?」
そうやって声をかけるお袋。
親父の方は、無言で俺の腕を掴んで時計を見つめる。
「託実、過労と精神不安かな。
託実は昔から、過度なプレッシャーにも弱かったからね。
31日のファイナルに向けて、体調を管理していかないとね」
「裕真兄さん、今日は何日?」
気になるのは日付。
31日のファイナルにって言葉が出て来たからには、
31日にはなってないことはわかる。
「8月27日。
理佳ちゃんの命日だよ」
そう言って答えたのは、
理佳の主治医をしていた親父だった。
「墓参り……行ってもいいかな?」
ゆっくりと紡ぎだした言葉に、
両親と裕真兄さんはお互いの顔を見合わす。
「託実、朝になったらもう一本点滴を追加したいから
昼を過ぎて、託実の体調次第でお墓参りの件は決めるよ。
もう少し休むといいよ」
そんな声に誘われるように、
再び目を閉じた俺は眠りの中へと吸い込まれていった。
次に目が覚めたのは昼を過ぎた頃。
昨晩の息苦しさが嘘の様に解放された俺は、
無事に退院許可を貰って、病院を後にする。
何時もは早朝に一人、参るアイツの眠る場所。
日中になると、親族たちがお参りに来ると思ったから
誰にも邪魔されずに、アイツ話したかった。
だけど今年はそうはいかない。
病院から車を飛ばして、海沿いのアイツが眠る場所へと向かい
駐車場に車を駐車した。
車から降りて、アイツのお墓に向かう途中
再び俺の前に姿を見せたのは、喪服に身を包んだ百花ちゃん。
まさか……彼女は理佳の妹?
そんな疑問がすぐに湧き上がる。
「こんにちは、百花ちゃん」
「あっ、こんにちは。託実さん」
「奇遇だね」
「ホント、そうですね」
「この場所に誰かのお墓があるの?」
気が付いた時には、
百花ちゃんに問いかけていた気になっている関係。