「何っ、じゃあ託実君もマジなんだ。百花に。
そしたら裕真、心配で心配で仕方ない弟の未来だもの
協力しないわけじゃないよね。
そうだ、私たちが会うのに使ってる最上階の一個下。
あそこに今、空き家の半分あったよね。
二世帯の間取りで、ワンフロアー全部使ってるところ。
あそこの半分とかはどう?
んで残りの半分は、しかるべき時に渡せばいんじゃない?」
そんな風に話しかける凛華さん。
どんな話題にもポンポンと会話に突っ込んではいる彼女は、
俺の一族のあらゆる情報を学習してるのかもしれない。
所有している物件の状況なんて、簡単に素で出てくるものじゃない。
「そうだね。凛華の意見も一理あるね。
その辺りの託実の覚悟は心にとめておく。
叔父さんと叔母さんは?
百花ちゃんにプロポーズは?」
「まだ何となく伝えただけ。
その辺のタイミングが掴めなくて。
けど、退院までには全部終わらせたいって思ってる。
もろもろの手続き」
「そう。
だったら俺も父と母にそのように伝えておく。
一族のトップとして、百花ちゃんも守れるように取り計らうよ。
これまで以上にね。
一綺には?」
「一綺兄さんにも正式に決まったら報告するよ。
俺自身で」
食事をごちそうになった後、
俺はホテルを後にして、そのまま事務所へと戻った。
事務所に戻ると、宝珠姉さんを連れ出して
とある場所に向かう。
俺一人では敷居が高く、先にその店と繋がりがある存在がいないと
立ち入られないその場所。
櫻柳桜吏【さくらやぎおうり】嬢。
伊舎堂、瑠璃垣などと肩を並べる、早谷【はやせ】の時期後継者との
婚約が決まった存在が、経営するジュエリーショップ。
今回の百花が出展する、展覧会のスポンサーにも連なる一族の御令嬢が櫻吏嬢。
すでに櫻吏嬢と交流がある、宝珠姉さんを盾に未知の部屋へと踏み入れる。
その場所で求めるのは、百花に渡す婚約指輪。
それがなきゃ、プロホーズも何も始まらない。
指輪を買って、俺の親に話して、百花に伝える。
そして、手順を持って百花の家族の元へ、正式に挨拶に行きたいと思ってる。
これはその為の一歩。
「いらっしゃいませ」
上品な笑顔と共に俺たちを持てなおす女性。
「ごきげんよう。
櫻吏さま、今日はご無理をお願いしまして申し訳ありませんわ」
「ごきげんよう、宝珠さま。
こちらこそ、当店にお声掛け頂まして嬉しく存じますわ。
とうとう託実さまが、御婚約の準備なのですわね」
当人の俺を置いて、会話を弾ませた後、
順番にショーケースから指輪を取り出す。
「こちらなどはいかがでしょうか?」
そう言って目の前に出されたのは、可愛らしい花をモチーフにした指輪。
「こちらはダイヤと共に百花さまのお生まれの誕生石の一つ。ペリドットがあしらわれた品となります。
ペリドットは緑色が美しい結晶で、生命力・希望・発展を象徴・闇を消し去り悪魔を追い払う・精神の安定。
このような効果が得られるとされるパワーストーンの一つです」
「託実、素敵なのではなくて?」
櫻吏嬢の言葉と、宝珠姉さんに背中を押される。
こういうのって選ぶの、案外難しいな。
百花に似合う奴……。
百花の笑顔を想像しながらショ-ケースから出して貰って指輪を眺める。
目移りする中、一つだけスーッと手を伸ばした指輪。
宝石はダイヤとペリドット。
花のデザインは、カッティングされた薔薇。
安易かも知れないけど、LIVEの度に、百花自身が自分で作って来てた髪飾りの薔薇と繋がった。
「これをお願いします」
「まぁ、素敵なデザインね。
託実、指輪のサイズは?」
宝珠姉さんに言われて絶句。
指輪のサイズ測ってない。
何やってんだよ、俺。
百花の薬指……思い出せ。
「宝珠さま、託実さま、それには及びませんわ。
指輪のサイズは、託実さまがお困りになられるのを見越して
先に裕真さまより、早谷に連絡がありました」
櫻吏さんが告げた早谷【はやせ】が、フィアンセの早谷由毅【はやせなおき】さんだと
理解できる。
裕真兄さんも裕兄さんも一綺兄さんも、
生徒総会メンバーとして交流が深い存在。
抜かりなしかよって言う気持ちと、助かったーっと言う気持ちが交錯しながら
俺は予定通り、買い物を終えて実家へと向かった。
久しぶりの実家。
亀城の屋敷に戻った俺は、亡き祖父母の仏壇に手を合わせて
そのままリビングへと向かう。
すでに両親とも帰宅して、リラックスしている中
リビングに入って、TVのボリュームを下げた。
「親父、母さん」
「なんだ託実。おもむろに」
「そうよ、託実。
どうしたの?そんなに思いつめて」
そんな両親の言葉を受けて深呼吸。
何度か空気を取り入れた後、一気に吐き出すように告げる。
「今から百花にプロポーズする。
指輪も買ってきた。
いい返事貰えたら認めて欲しい。
新居も、さっき裕真兄さんに相談してきた」
そこまで告げると、ふぅーっと最後まで息を吐き出す。
親父とおふくろは互いの顔を見合わせながら、
優しく視線を向けた。
「お父さんも、お母さんも反対しないわ。
理佳ちゃんの妹が、私たちの娘になってくれるなんて夢のようね」
「理佳の妹だからじゃないんだけど」
「そのくらいお父さんも、お母さんも知ってるわよ。
託実が選んだ方が百花ちゃんで良かったと思うし、
百花ちゃんが理佳ちゃんの妹って言うことが、もっと嬉しかったのよ。
ビシっと決めてきなさい。
また託実の独りよがりなんでしょ?
貴方は、昔からここぞって時に臆病なんだから。
吉報を待ってるわ。
政成義兄さんと恋華義姉さんにも話しをふっておかないと。
ねぇ貴方、喜多川家と満永家へのご挨拶の準備も進めないと」
おいおいっ。
さっきは俺に、独りよがりとか言いながら
親父やおふくろの方が、十分暴走してんだろうが。
そんな両親をリビングに残して、
実家から歩いて10分ほどの場所にある病院へと向かう。
いつもの様にIDカードを翳して病室の前へと向かう。
常駐している、
専属の看護師に挨拶をしてゆっくりとノックした。
「百花、ただいま」
「どうぞ」
中から声が聴こえて、ドアを開けると
キャンパスに真剣に向かい続ける百花がそこに居た。
「調子はどう?」
「今日は疲労感もそんなになくて、
看護師さんにお許し貰って、もう少し筆を握ってたの。
ほらっ、大分……色が重なってるでしょ。
でもまだ足りないんだ」
前回見た絵とは、違った雰囲気で俺の視界に映るキャンパス。
「百花、少しだけ俺に時間くれないかな?
話したいことがあるんだ」
そう言って切り出すだけで、俺の鼓動は激しくなる。
不思議そうな顔をして首をかしげながら、
百花はその手をとめて、ゆっくりと俺に向きなおる。
再度、深呼吸を繰り返して
ポケットの中から、リングケースを取り出した。
「百花、俺の隣で未来を歩いてほしい」
プロポーズをかっこよく決めようとか、
ここに来るまで、いろいろと思ってた。
けどようやく、口から零れ出た言葉は
想像していたどれとも違って、ただの願い事みたいな言葉。
それでも百花は……
嬉しそうに微笑みながら『はい』っと呟いた。
百花の左手の薬指に、
ピタリと吸い込まれるように輝いた指輪。
「有難う」
そうやって、
微笑んだ百花の笑顔は天使の様に穏やかで綺麗だった。
『百花、俺の隣で未来を歩いてほしい』
入院生活の最中、病室で突然プロポーズされた私。
予想もしてなかった展開に、
私自身何がなんだかわからなかった。
だけど託実が私を大切にしてくれてる。
それだけは充分に伝わってきて、微笑みながら「はい」と頷いた。
そんな夢のような一夜が過ぎた今も、
私の薬指には、託実から貰った指輪が光を放つ。
「おはよう、百花ちゃん」
入院生活が始まって以来、
毎日のように朝、顔を出してくれる託実のお父様……宗成先生。
「おぉ、百花ちゃん託実からか?」
早速、薬指で光を放つもの気が付いて声をかける宗成先生。
「はいっ。
昨夜、託実さんから頂きました」
「そうか……そうか。
百花ちゃんがアイツを選んでやってくれたか……」
私が託実を選ぶって……
託実が私を選んでくれたって言う方が正しいと思うんだけど。
「そうだ……そうだった。
宝珠ちゃんから頼まれてたんだよ」
そう言うと、宗成先生は改めて私に向き直った。
「私の姪に、宝珠と言う子が居てな。
託実にとって従姉妹になるかな。
宝珠が君に会いたいと言っていてね。
どうだろうか?
百花ちゃんさえ良ければ、宝珠たちにあってみないか?」
宝珠たちに?
今……たちって……言った。
たちってことは、宝珠さんだけじゃないってわけで。
でも託実のことを知ってる人には、
ちょっとでも会ってみたいって言う興味的なものもあって私は頷いた。
午前中のリハビリが終わって、昼ご飯をとっていた頃
再び姿を見せた、宗成先生は午後から、宝珠さんが来ることになったと教えてくれた。
託実に内緒で、託実の従姉妹に会おうとしてる私。
唯香や雪貴くんたちが来る時間までも、まだ時間は充分あって
空き時間にキャンパスに向かおうと思ってたものの、集中出来ないまま時間だけが過ぎた。
「百花さま、宝珠様がお見えになりました」
ノックの後、担当の看護師さんが静かに告げる。
「どうぞ」
緊張のまま、何と言っていいかわからなくて
少しひっくり返りそうなトーンで、短く告げる。
病室の扉が静かに開くと、
「ごきげんよう」っと、微笑みと共に告げられる。
「あっ、ごきげんよう。
お待ちしておりました。
喜多川百花です」
私も神前悧羅出身だから『ごきげんよう』の挨拶の存在は知ってる。
だけど久しく使ってなかった、その挨拶を再び口にするなんて……。
「託実に何度もお願いしているのに、逃げられてばかりで
強引に宗成伯父様にお願いしてしまったの。
私は華京院宝珠。
託実のお父様である、宗成伯父さまは、私の母のお兄様。
私と託実の関係はよろしくて?」
念を押すように説明された家系図。
とりあふえず託実の従姉妹ってことはわかってる。
裕先生や裕真先生も、託実の従兄弟だから……
多分、この宝珠さんのお母さんも伊舎堂の家の出身ってことだろう。
「託実のお父様側の従姉妹と言うことですね」
「えぇ、そうなるわね。
後はAnsyalの所属する事務所の責任者と言う立場かしら?
でも今日は、託実の従姉妹だから、事務所の関係者として
私はアナタに来たわけではないの。
百花さんと個人的にお近づきになりたかったのよ。
百花さんが、理佳の妹だということを知ったら特にね」
私がお姉ちゃんの妹だということを知ったら特に……。
宝珠さんが告げた言葉が気になった。
「あの……もしかして、お姉ちゃんのお友達?」
「私は、裕兄様を通して少しだけ一緒に仕事をしていただけよ。
理佳ちゃんの友達としては、後ろにいる堂崎かしら?」
宝珠さんが後ろを振り向くと、
堂崎と呼ばれたその人が、ゆっくりと私にお辞儀をした。
「初めまして。
堂崎美加【どうざきみか】。
託実とは同級生。
託実のいた陸上部のマネージャー出身。
理佳と出逢ったのは、託実が入院した中三の夏。
初対面は最悪だったのよって、これは妹の貴女にに愚痴ることじゃなかったよね。
ごめん、気にしないで」
そう言いながら、美加さんは宝珠さんと一緒にベッドの傍の椅子へと腰掛けた。
「堂崎はね、今うちの事務所で仕事をして貰ってるの。
今日、貴女に会いに行くって話したら、
堂崎も一緒に来たいって言うから、連れて来てしまったわ。
ご迷惑だったかしら?」
遠慮気に紡ぐ宝珠さん。
迷惑って言うわけでもなく、
迷惑じゃないって言うわけでもなく、
ただどうしていいかわからないだけ。
こんな形でお姉ちゃんを知ってる人達に
会うとは思ってなかったから。
「えっと……、私。
お姉ちゃんとは一緒に過ごしてる時間が殆どないんです。
だからお姉ちゃんが、いろんな人と仲良くしてたのを知って
正直驚いてます。
ずっと病室のベッドの上で寂しそうに笑う、
お姉ちゃんしか知らなかったから」
そう答えるのが精一杯。
「そうだよね。
ただでさえ、百花さんも神前悧羅出身でしょ。
昂燿校の全学年全寮制、悧羅校の中等部まで寮生よりは
マシにしても、海神校も初等部の間は寮生だものね。
学校のシステムとはいえ、
ずっと寮生活だと理佳と逢えないのも無理ないわ」
美加さんも卒業生として、
うちの学院のシステムを知ってるものとして会話を切りだす。
「なんて言うか……それもあるんだけど、
それだけじゃないんです。
両親をお姉ちゃんにとられたみたいな気がして、最初はお姉ちゃんが嫌いで
その後は、お姉ちゃんの寂しさを知ったらどうしていいかわからなくて。
傍に居たら、お姉ちゃんを傷つけてしまいそうで。
だから両親をお姉ちゃんにあげるって、
私、お祖父ちゃんの養子になっちゃった」
「理佳、ずっと気にしてたもの。
私が最初に出逢った頃なんて、喧嘩ばっかだったわよ。
理佳の病気が何かなんて、あの子が話さない限りわからないじゃい」
「そうだね。
私もずっとお姉ちゃんの病気知らなかったの。
私が知ったの、TVの録画してあった動画だったから」
「メイク・ア・ウィシュ?」
「うん。少し大きくなった時にPCで見つけてその番組の中で病名知った。
お父さんたちは誰も病名、教えてくれなかったから。
小さいって……それだけで、いろんなものから置き去りにされてたから」
なんて言うか……ずっと話せないままでいた、
お姉ちゃんとの時間の、確執、わだかまり。
そう言うものが少しずつはがれおちていくように、
お姉ちゃんを知る存在との出逢いは、
私のいろんな穴を埋めてくれる。
空白で、ボコボコばかりの私の心の時間。
お姉ちゃんとの時間が、
理佳さんや宝珠さんとの出逢いで、
ゆっくりと動きだすような気がした。
六月。
百花にプロポーズをしてから、
俺の周辺は慌ただしくなった。
「託実様、こちらの部屋の間取りですが……」
「あぁ、キッチンは対面キッチンの方がいいな。
収納が多い方がいいから、パントリーも作って貰えると百花が喜ぶ」
「かしこまりました」
「託実様、こちらの部屋の壁紙はどういたしますか?
壁紙の一面だけのカラーを変えることも可能ですが……」
「壁紙は四方統一のほうがいいだろう」
「では、そのように手配します」
プロポーズの翌日、裕真兄さん経由で
話に出たマンションの一室を買い取った俺は
退院後の百花との新生活に向けて、
急ピッチでマンション内の内装工事などを進めていた。
リノベーションっと言われる工事の真っただ中。
「それでは、また何かありましたら連絡ください。
少し出掛けてきます」
「かしこまりました」
マンションを後にして、エレベーターで一回に降りると
俺はそのまま事務所に顔を出して、夕方まで仕事をする。
その後は、百花の病室に顔を出す。
「託実、お疲れ様」
「ただいま、百花は調子はどう?」
「もう少ししたら退院出来るかもしれないって
今日、裕真先生が言ってた。
五月に比べると大分痛みもなくなってきてるし」
「そっか……。
順調に回復してるなら安心だな」
「今日も少し前まで唯香と雪貴くん来てくれてたんだよ」
「雪貴と唯ちゃんは、マンションのスタジオでのAnsyalの練習時に
会うな」
「Ansyal、練習してるんだ」
「練習って言うか、出来る奴から順番に集まってるって感じかな」
「私も……行ってみたいな……」
「退院したら連れてってやるよ。
んじゃ、俺明日……大切な日だから」
「大切な日?」
「百花の家族に、正式に挨拶に行って来る。
喜多川家の本宅で、10時に約束してる」
「……託実……」
百花は俺の名前だけ読んで、
そのまま俯く。
俯いた先に視線を向けると、ポロリと零れ落ちて染みをつくる涙。
その涙を指先で拭ってやると、アイツの暖かい涙が指先に雫を作る。
「大丈夫。
プロボーズした時からちゃんと考えてたんだ。
けど百花の家も、俺の家もその辺りは厳しそうだろ。
手順はしっかりと踏んでいく。
それは俺自身ケジメかな。
明日は来れないかも知れないから」
百花をギュっと抱きしめて、俺は病室を後にした。
向かうのは実家。
実家でノーパソを開いて、仕事の続きをした後
3時間ほど仮眠をとってその日を迎えた。
スーツに着替えて、リビングに顔を出したら
すでに親父やおふくろも準備を整え始めていた。
「あらっ、託実おはよう」
「おはよう。母さん」
「親父、今日は悪いな。
仕事休んでもらって」
「良く知ってるご家族だけど、
なんか緊張するな……。
昔、父さんたちが結婚の報告に行ったときみたいに
緊張してるよ」
「おいおいっ。
親父らが俺より緊張してどうすんだよ」
そう言いながら三人で準備を終えると、
「お車の支度が整いました」
っと俺たちの方に近づいて運転手が静かにお辞儀した。
準備された車に乗り込んで、喜多川家の門を潜る。
指定された場所に車を止めると、
百花の祖父、満永の御両親が揃って俺たちを出迎えた。
「さぁ、どうぞ。
お待ちしておりました」
促されるままに通された部屋。
順番に着席すると、暫くして百花のお母さんが
お茶を運んで来て、テーブルへと置くとゆっくりと腰をおろした。
正座をして背筋を伸ばし、俺は喜多川会長と、満永夫妻と対峙する。
「本日は貴重な時間を私の為に作ってくださいまして先にお礼申し上げます。
先日、喜多川会長並びに満永夫妻のご息女であられる百花さんに、
正式にプロポーズをさせて頂きました、亀城託実です。
百花さんの御承諾を頂けましたご報告と共に、百花さんのご家族であられる
皆様方にも正式にお許し頂ければと想いお邪魔させて頂きました。
喜多川会長はご存知ですが、百花さんと私が出逢ったのは昨年の梅雨の頃。
親友、隆雪のお見舞いの品にと喜多川会長の画廊にお邪魔させて頂いた時が最初のきっかけでした。
その時は、百花さんが理佳さんの妹だとは知らないまま、今日まで時間を歩んでまいりました。
理佳さんに似ているから、惹かれたのかと思ったときもありましたが、
百花さんだからこそ、彼女に惹かれたのだと思い知らされました。
まだまだ至らぬとは思いますが、精一杯守っていきたいと思います。
どうぞ、百花さんとの結婚をお許し頂けませんでしょうか?」
最後の声と共に、深々とお辞儀をする。
俺の隣、親父やおふくろもお辞儀をしている気配を感じる。
「託実さん亀城ご夫妻も、どうぞ頭をあげてください」
静かに喜多川会長が声をかける。
促されるままに、ゆっくりと頭をあげると
喜多川会長は、満永夫妻の方へと視線を向けた。
「ご丁寧に有難うございます。
託実さんには、理佳だけでなく百花までお世話になることになりましたね。
百花はあの通り、優しい子ですが小さい時から理佳の手前、
我慢ばかりさせてしまいました。
あの子が託実さんを選んだのであれば、私も妻も何も言うことはありません。
祖父も、百花と託実さんのことをずっと一番近くで見守っていたのだと思います。
どうぞ、あの子を幸せにしてやってください」
百花の父親の言葉で、正式に結婚の承諾が得られ
俺は緊張のあまりゆっくりと呼吸を吐き出す。
「あらあらっ、託実。
しっかりしなさい。
本当に昔からうちの息子は、プレッシャーに弱くて。
理佳ちゃんとの一件以来、
必死に頑張ってる託実の姿を見守ってはきましたけど、
何処か危なっかしくて、ハラハラしておりました。
だけどAnsyalのバンドがメジャーデビューしてから、
少し息子の顔が楽しそうに感じられるようになりましたの」
母さんは俺をフォローしようと
俺の話題を話しているのかもしれないけど、
ネタにされてる俺自身はたまったもんじゃない。
勝手に俺の昔話始めるんじゃねぇって。
「百花もじゃよ。
理佳が亡くなった後も、百花は喜多川の姓のまま儂の子供として
この場に留まりつづけた。
満永の家に戻ることなくな。
祖父としてな、孫が不憫で仕方なかった。
気休めになればと教えた絵に、百花ははまって
百花自身の心を守るように、絵に没頭し始めた。
そんな百花が大学に入った頃じゃったかな。
凄く明るく笑うようになった。
その時、笑顔を見せてくれた存在を知りたくて
孫の部屋に勝手に入ったんじゃ。
そこには、託実くん。
お前さんの大きなポスターが飾ってあったよ」
そう言って、喜多川会長が俺に笑いかけた。
「託実、今後の話し合いをさせて頂いたらどうだ?」
親父に促されて、俺は鞄の中からファイルに挟んだ書類を取り出して、
百花の家族に見えるようにテーブルへと広げた。
「まだ百花さんには伝えられていませんが、
現在、新居となるマンションをリノベーション中です」
「順調に回復しましたら、百花さんは今月の中旬には
退院できるようになると思われます。
退院後も、通院は必要ですが今回、託実が選んだ新居となるマンションは
病院から近く退院後のケアーもやりやすいかと存じます」
「新居となるマンションは、ご覧いただいた資料の通り
セキュリティーもしっかりと完備しており、
地下の駐車場を通して、各財閥の管理するマンションへと行き来が可能となっています。
私が新居として購入した部屋は、伊舎堂の管理下にある物件になりますが
こちらのお隣のマンションは、Ansyalが所属する事務所の建物となり
何人かのメンバーはこのマンション内で生活しています。
百花さんの親友である、唯香さんも生活していますので
百花さんにとっても心強いかと思います」
「託実くん……緋崎君も近くにいると言うんだね」
「はいっ」
「百花がそれを望むのであれば、
儂は何も言うまい。
あの子が出ていってしまうのは少し寂しいがな」
喜多川会長はそう語尾を続けて、
湯呑へと手を伸ばした。
「本当に突然のことですいません。
精一杯、百花さんを幸せにしたいと思っています。
まだまだ若輩者ですが、ご指導宜しくお願いします」
その後も、今後の結納の日取りや
新生活、結婚式に向けての話題に軽く触れて、
俺たちはお昼に差し掛かった頃に、
喜多川邸を後にした。
その昼、久しぶりに家族三人で外食。
報告から始まるケジメ。
俺自身の一大行事は、
こうして緊張の中、無事に終えることが出来た。
後は百花との新生活に向けて
準備を確実に進めていく。