目の前にあるのは吏紗の服と、鼻腔をくすぐる柑橘系の香り。
「ムリしてんじゃねぇよ…」
吏紗の低い声が近くで聞き取れた。
「オマエ…泣きそうな顔してる」
吏紗はさっきより強い力で私を抱きしめた。
吏紗の胸に頭を押し付けられ、同時に撫でられた時、私の中のなにかがプツッと切れたのがわかった。
「ふっ…うっ…あぁ…っ」
「かあ…さんっ…ごめ…んっ…ごめんなさいっ…ごめん…なさ…っ」
2人だけの空間に、私の嗚咽混じりの謝罪が響いた。
吏紗は黙ったまま、私が泣き止むまで抱きしめてくれていた…。
「…その顔じゃ上には行けないだろ」
そう言って笑う吏紗にムカっとしながらも何も言い返せないのが悔しい。
「もう昼だし、あいつらもそろそろ腹減る頃だと思うから帰るんじゃね?」
「…うん」
そう返事したとき、リビングダイニングの扉がガチャっと開いて有理がひょこっと顔を出した。
「…花奏」
「あ、有理…どした?」
極力、顔を見せないようにして聞くと、有理は私と吏紗を交互に見たあと
「宮田くんがお腹すいたからみんなで食べに行こうって…」
「…あー…」
言葉に詰まる。今は外に出たくないし、誰とも関わりたくない…。
「高野、悪い。コイツいま体調崩してるんだよ。ちょっと喘息でさ…だから、今日はもう昼飯食ったらお開きにしねぇ?」
「え?花奏、体調悪かったの?」
「えっ、あ…うん、ちょっと…」
そう言うと有理は呆れたように溜息を吐くと困ったように笑った。
「なんでもっと早く言わなかったのよ 宮田くんは花奏が喘息だってこと知ってるの?」
「う、うん…知ってる、よ」
「そう、じゃあ宮田くんには私から説明しとくから。今日は九条くんの言う通りお開きにしましょ。花奏はゆっくり休みなさいわかった?」
「…は、はい」
有無を言わさない有理の言葉に素直に頷くと、有理は「よし!」と満足げに頷いた。
「九条くんは?お昼一緒に行く?」
「俺?俺は…」
「良いよ、吏紗も颯斗連れて食べに行きなよ。私、一人で平気だし」
言いながら吏紗の背を押す。
「でもオマエ…」
「良いから…お願い…一人に、して…」
吏紗にだけ聞こえるようにそう言うと、吏紗は渋々と言った感じで「わかった」と言った。
「俺も行くわ」
「そう、じゃあちゃんと休みなさいよ花奏。それと、お邪魔しました」
有理は軽く頭を下げてふっと笑った。
「いや、こっちこそなんのおもてなしもできないでゴメン…またおいでよ…」
有理と立ち話をしていると、吏紗が呼んできたんだろう、宮田くんたちがゾロゾロと降りてきた。
「黒瀬、今日体調悪かったのかよ。無理させて悪かったな…」
申し訳なさそうな顔をする宮田くん。
「花奏ちゃん、大丈夫なの?一人で平気なの?」
ホントに心配してる真子。
「かなちゃん、喘息治ってなかったのかよ。ムリすんなよ?苦しくなる前に電話しろよ?」
真子と同じように心配してる颯斗。
3人に笑って「大丈夫」と言う。
「またおいでよ」
「「「「「お邪魔しました」」」」」
玄関でみんなを見送ったあと、その場に座り込む。
さっきまであった賑やかさはない。