颯斗side
「九条くんたち遅いね」
そう呟いたのはさっき兄ちゃんが数学を教えていた女の子。
名前は確か原田 真子。
正直驚いた。かなちゃんがこんなふわふわした子と友だちなのが…。
まぁ、かなちゃんは外見で人を判断しないし、来る者拒まず去るもの追わずの性格だから、驚いたけど、どこかで納得もしていた。
そしてたぶん、原田さんは兄ちゃんが好きなんだと思う。
兄ちゃんのどこが好きなのかわかんねぇけど、兄ちゃんがかなちゃんに話しかけるとどことなく悲しそうな顔をしていた。
「私、ちょっと見てくるね」
「…あ、俺も行きます」
なんとなく嫌な予感がする。
さっきかなちゃんと話そうとキッチンに行った時、和室の方から出てきたかなちゃんの目は少し赤くなっていた。
そして、微かだけど線香の匂いがした。
もし…もし、俺の予感が当たっていたとしたら…。
兄ちゃんはとことん優しすぎる。特に弱ってる人間に。
あぁ、だから原田さんは兄ちゃんに惚れたのかな…原田さんと階段を下りながらまたひとつ、納得した。
そして今、3人が鉢合わせになったら傷つくのは原田さんだと思った。
「花奏ちゃ…」
リビングダイニングに続く扉をあけて、原田さんが口を閉じた。
べつに、傷つくのは原田さんだとわかっていてどうかしてやろうという気持ちがなかったわけじゃない。どうすればいいかわからなかった。ただ、勝手に身体が動いただけで…。
「原田さん?」
名前を呼びながら少ししか空いてない扉を開ける。
「…ん?どうした真子、颯斗?」
かなちゃんはソファーに座ってテレビを見ていた。
え…?
「…?原田に颯斗じゃん。どうかしたのか?」
続いてキッチンから兄ちゃんが出てきた。
「え、あ…えっと、おトイレ…借りたいなって…」
原田さんは思いっきりテンパってそう言うと、かなちゃんは「あぁ…」と納得したような声色でソファーから立ち上がると、テレビを消してこっちに歩いて来た。
「トイレはこっち」
俺たちの間を通り過ぎて、コンコンと階段の前の扉をノックした。