「前に作るって言ってたじゃん。あの紙に二ヵ月したら飲めますって書いてあったよ」
「ああ。うん。出来たよ」
「じゃあさ」
泰明くんは、ポケットを探るとくしゃくしゃになったハンカチを取り出し、あたしに差し出した。
日に焼けた腕があたしに向かってまっすぐに伸びる。
「もう泣かなくなったら飲ませて。それまでこのハンカチ貸しとく。要らなくなったら教えて」
「泰明くん?」
あたしは訳が分からなくて、首を傾げたままそのハンカチで涙の溜まった目尻を拭く。
「大丈夫。俺、あほみたいに呑気だから、実加さんが彼氏の事忘れるの待てるよ。一年だって二年だってへーき」
「それって」
ようやく泰明くんの意図が読みこめて、あたしはおかしくなって笑う。
「はは。……でも、泰明くんの気持ちもいつか変わっちゃうよ。あたしは人よりスローだから、きっと一杯待たせるもん」
「大丈夫。実加さんだって変わるでしょ、人間だもん。俺と一緒に変わろうよ」
泰明くんがニカッと笑う。その顔は子犬というには包容力のあって、あれ、成犬になった? とか思ってしまった。
「……ありがと」
ゆっくりでもいつか、彼のことを男の人だと思える日がくるのだろうか。
分からないけど、そうなったらいいな、とも思う。
いつの日か、あたしの作った梅酒で、今度は嬉しい乾杯が出来たらいい。
そうね。
できれば、梅酒の賞味期限が切れる前には。
【Fin.】