その日の夜は、珍しく祖父がいなかった。
大学時代の同級生と旅行に出ているらしい。
祖母ものんびりしたいだろう。
そう思って、夕飯はいつも通り1人で食べた。
お風呂に入ってミネラルウォーターを飲んでいるところに、祖母が顔を出した。
「まだ寝てなかった?ごめん起こしたかな。」
「違うの。ねぇよみちゃん、今日はおじいちゃんいないし、少し話してもいいかしら?」
台所の椅子に座って、そんなことを言う。
2人で話をしたことなんてない。
少し戸惑いながら、向かいの椅子に腰を下ろした。
「あのね、よみちゃん。この前、学校の先生がいらしたの。」
「先生?!」
「うん、青木先生っていらっしゃる?」
まさか便所サンダルで来ていないだろうなとどうでもいいことを心配してしまった。
「その先生が、その、よみちゃんの怪我が気になるって…その……」
「……なんて言ったの?」
「おじいちゃんもいたし、帰ってくださいって。なんでもありませんからって言ったの。」
「そう。」
少しぬるくなったミネラルウォーターをぐいっと煽った。
「先生がね、学校は何も知らない、私が個人的に心配だったから来たって言ってて。大事にはしたくない。そうおっしゃって。」
「心配ないよ。何も言わないから。」
「違うのよみちゃん。その時はすぐに追い返しちゃったんだけど、おじいちゃんがいない時にもう一度来てくださって。その時に、先生に全部言ってしまったの。よみちゃんがお母さんから虐待されてたことも、だから私たちが引き取ったことも。でもおじいちゃんあんなんだから、かっとなったら暴力振るっちゃうことも。」
驚いた。祖母は絶対に秘密にしたいんだと思っていたから。
「そしたら先生が、何処か別の場所に住まわすことは考えられないかって。それでおばあちゃん考えたんだけどね、思いつかないの。お母さんのところはダメだし、この近くに親戚はいないから…。」
そこまで言うと、涙ぐんだ。
「ごめんねよみちゃん。おばあちゃん、お母さんに蹴られてるよみちゃんを見た時に、どうしても助けてあげたかった。だからお母さんからよみちゃんを取っちゃったの。でもね、うちに来てもこんなんじゃ……本当にごめんね。」
何も悪くないよ。謝らないで。
とは、言ってあげられなかった。
「おじいちゃんはおばあちゃんに怒って暴力振るうけど、よみちゃんには手を上げないから。だから、おばあちゃんが怒られてても止めに来なくていいから。ね?おばあちゃんが悪いんだから、よみちゃんが怪我する必要なんてないんだから。」
祖母の考えついた優しさ、かもしれない。でも私には信じられない言葉だった。
「馬鹿言わないでよ。止めるに決まってるよそんなの。何言ってるの。」
「よみちゃん……」
「あたし、この家に置いてもらってるだけでありがたいと思ってるんだ。だからもう、あたしの為に泣かないで。」
「よみちゃん…おばあちゃん、どうするのが1番いいのか分からないの。」
「どうもしなくていいよ。今のままで。」
柔らかい手を握ると、祖母はまた涙を零した。
「おばあちゃんがおじいちゃんと結婚しなければ…そしたら誰も傷つかなかったのに。ごめんね…」
祖母の精一杯の言葉が、私の全てを否定したような気がした。
産まれてこなきゃよかったのに。
本当に私の子?こんなブス産んだ覚えがない。
ノロマ。グズ。死ね。
なんで産まれてきたの?
忘れたはずの母親の声が、頭の中でこだました。
大学時代の同級生と旅行に出ているらしい。
祖母ものんびりしたいだろう。
そう思って、夕飯はいつも通り1人で食べた。
お風呂に入ってミネラルウォーターを飲んでいるところに、祖母が顔を出した。
「まだ寝てなかった?ごめん起こしたかな。」
「違うの。ねぇよみちゃん、今日はおじいちゃんいないし、少し話してもいいかしら?」
台所の椅子に座って、そんなことを言う。
2人で話をしたことなんてない。
少し戸惑いながら、向かいの椅子に腰を下ろした。
「あのね、よみちゃん。この前、学校の先生がいらしたの。」
「先生?!」
「うん、青木先生っていらっしゃる?」
まさか便所サンダルで来ていないだろうなとどうでもいいことを心配してしまった。
「その先生が、その、よみちゃんの怪我が気になるって…その……」
「……なんて言ったの?」
「おじいちゃんもいたし、帰ってくださいって。なんでもありませんからって言ったの。」
「そう。」
少しぬるくなったミネラルウォーターをぐいっと煽った。
「先生がね、学校は何も知らない、私が個人的に心配だったから来たって言ってて。大事にはしたくない。そうおっしゃって。」
「心配ないよ。何も言わないから。」
「違うのよみちゃん。その時はすぐに追い返しちゃったんだけど、おじいちゃんがいない時にもう一度来てくださって。その時に、先生に全部言ってしまったの。よみちゃんがお母さんから虐待されてたことも、だから私たちが引き取ったことも。でもおじいちゃんあんなんだから、かっとなったら暴力振るっちゃうことも。」
驚いた。祖母は絶対に秘密にしたいんだと思っていたから。
「そしたら先生が、何処か別の場所に住まわすことは考えられないかって。それでおばあちゃん考えたんだけどね、思いつかないの。お母さんのところはダメだし、この近くに親戚はいないから…。」
そこまで言うと、涙ぐんだ。
「ごめんねよみちゃん。おばあちゃん、お母さんに蹴られてるよみちゃんを見た時に、どうしても助けてあげたかった。だからお母さんからよみちゃんを取っちゃったの。でもね、うちに来てもこんなんじゃ……本当にごめんね。」
何も悪くないよ。謝らないで。
とは、言ってあげられなかった。
「おじいちゃんはおばあちゃんに怒って暴力振るうけど、よみちゃんには手を上げないから。だから、おばあちゃんが怒られてても止めに来なくていいから。ね?おばあちゃんが悪いんだから、よみちゃんが怪我する必要なんてないんだから。」
祖母の考えついた優しさ、かもしれない。でも私には信じられない言葉だった。
「馬鹿言わないでよ。止めるに決まってるよそんなの。何言ってるの。」
「よみちゃん……」
「あたし、この家に置いてもらってるだけでありがたいと思ってるんだ。だからもう、あたしの為に泣かないで。」
「よみちゃん…おばあちゃん、どうするのが1番いいのか分からないの。」
「どうもしなくていいよ。今のままで。」
柔らかい手を握ると、祖母はまた涙を零した。
「おばあちゃんがおじいちゃんと結婚しなければ…そしたら誰も傷つかなかったのに。ごめんね…」
祖母の精一杯の言葉が、私の全てを否定したような気がした。
産まれてこなきゃよかったのに。
本当に私の子?こんなブス産んだ覚えがない。
ノロマ。グズ。死ね。
なんで産まれてきたの?
忘れたはずの母親の声が、頭の中でこだました。