夕暮れ時になり、3人で海岸沿いの道を歩いていく。
「帰りの電車って、何時だっけ?」
あたしは成に聞いた。
「ゆっくり歩いて行っても全然間に合うだろ」
彩葉が走り出し、少し先でしゃがみこんだ。
「彩葉ー?」
「ママぁ、パパぁ。これぇ」
彩葉は道の端に生えていた綿毛になったタンポポを指差した。
ふわふわの白い綿毛。
「彩葉、フーって拭いてごらん」
そう成が言うと、彩葉は思い切り息を吸い込んで、綿毛に息を吹きかける。
「フーッ」
白い綿毛が飛んでいく。
風に乗って、どこまでも。
遠くまで飛んでいく。
その場所がどんな場所でも。
力強く美しくタンポポの花は咲く。
綿毛を追いかけていく彩葉。
風に飛ばされていくのをみて諦めたのか、彩葉はこっちに走ってくる。
「パパぁ、ママぁ。おててつなごぉ?」
彩葉は、成とあたしの真ん中に立ち、あたしたちの手をぎゅっと握りしめる。
彩葉の顔を見て、あたしはニコッと微笑んだ。
温かい手……。
「あっ」
「どぉしたのぉ?ママぁ」
「どした?華」
ふたりがあたしの顔を見つめる。
「あそこの雑貨屋さん寄っていかない?」
あたしは指を差して言った。
10年前と変わってない。あのときの小さな雑貨屋さん。
「いくー!」
彩葉はあたしたちの手を離して、雑貨屋さんへと走っていく。
そんな彩葉の後ろ姿を見て、あたしと成は微笑み合った。
胸の奥から溢れてくる想い。
伝えたい言葉を。
今日もちゃんと伝えよう。
「成、ありがとう。あたしを幸せにしてくれて」
「華……」
笑顔を見せると、成は言った。
「愛してるよ」
「うん、あたしも……愛してる」
溢れるほどの幸せに、今日も笑顔がこぼれる。
成はあたしの肩を抱き寄せ、頬にそっとキスをした。
「パパママーっ!チューしてないで、はやくきてよぉーっ」
雑貨屋さんの前に立つ彩葉が大きな声で叫んだ。
「見られてたね」
「だな」
顔を赤くした成とあたしは、彩葉の元へと駆け寄っていく。
優しい思い出がある。
忘れられない思い出がある。
この瞬間も、いつかは思い出になる。
一瞬、一秒を見逃さずに。
笑顔を探して。
優しさを抱きしめて。
今日も幸せの数をたくさん数えよう――。
≪END≫