「タクに逢いに行ったの。どうしても逢いたくて、カズが行けって言ってくれた」


『・・・うん』


「でも、タクに逢えなかった。タクがマンションの入り口で・・・女の人を抱き締めてた・・・から」


『・・・うん』


「拓海のこと、信じてないわけじゃない。でも、厭だったの。あの人は、誰?」




電波が動く音がする。

タクと私の距離が遠いことを物語る音がする。

少しの間、私もタクも声を出さずにいた。


そして不意に『はぁ~』と、不快感とも安堵とも取れるような溜め息がタクから漏れた。




『そんな声で不安ですって言われても、説得力ねぇよ』


「なっ!何よっ!こっちは不安でたまらなくて、逢えなくて辛くて――――」

『俺だって同じだよ』




タクの声がする。

いつものタクの声じゃなくて、東京に行ってしまう前に聴いたタクの声がする。

離れたくない、って伝えるみたいな声が。




『あの人は上司の彼女だ。たまたま酔い潰れた上司を迎えに来てくれたんだよ』


「だって、抱き締めて・・・」


『抱き締めた、ンじゃなくて、抱き留めた!の。鼻緒が切れてたんだよ、あの時』


「え・・・、そんなの歩くのだってやっとじゃない」


『だから!ほっとけねぇだろ、そんなの』


「ほっといたら私が怒るわよ」




『ブハッ!』と盛大に吹き出して笑うタクに、なんだかもう可笑しくなって私も笑った。

安心して、知らぬ間にぽろぽろ零れる涙を誤魔化すように、笑った。