「いや、それは分からない。あいつがいなければ確実に安全だがな……」
まわりに目を向ける紅夜の様子に優希は言葉の意味を推し量る。
紅夜が警戒しているのは治臣のことだろう。
夜のため昼とは雰囲気が違うものの、優希が幼い頃より見ている病院だ。
階段を上り終えて二階についたと思った瞬間、優希は視界の景色が急に入れかわるのを感じた。
「え……?」
何度か瞬きを繰り返して状況を認識しようとするが、突然のことに頭がついていかない。
「――こんばんは。調子はどうですか?」
「北上先生……?」
優希の前には花々に囲まれて笑う治臣が立っていた。
笑みを浮かべながらも細められた瞳の奥は笑っておらず、優希の様子をじっとうかがっている。
「彼も油断しましたね。ワタシが勤める病院と知りながらやって来るとは……」
(そういえば美原さん達は……?)
クスクスとおかしそうに笑う治臣を前にしながら、優希はあたりを見回す。
しかし、闇の中に花畑が広がっているだけで仲間の姿はなく、優希は冷や汗が流れるのを感じた。
(誰もいない……。どうしたらいいの――?)
優希はポケットに入ったキューブを生地越しに強く握る。
変化のないキューブ、現実と変わらない広がる花の香り、目の前に立つ人物の笑顔。
どれもが優希の平常心を奪っていく。
「紅夜達なら病院にいますよ――ワタシの結界に閉じこめられた状態ですが」
しばらくは出て来られないでしょう、と続けて治臣は刀を構える。
降り続いている雨が刃を濡らす中、崩さない目の前の男の笑みがアンバランスに見えた優希は夢だったらいいのに、と心中で思った。
「今夜のワタシの対象者は篠崎優希さん――あなたです」
「え――」
銀色が闇夜に躍った。