急に顔色を悪くした優希を女性達が心配してくれたが、平気だと言い張ってお礼を言った後に交差点の前を後にする。
激しい雨と覚束ない足取り、力の抜けた腕で傘をさしていても家に着く頃にはずぶ濡れ状態になってしまった。
思い出し始めてしまえばあっという間で、優希は幼いあの日を鮮明に思い出していた。
「優希? ――そんなに濡れて冷たいだろう……!」
玄関に立ちつくす娘に気づいた父がぎょっとして駆け寄って来る。
差し出された肌ざわりのよさそうなタオルをぼんやり見た後、優希は彼を見上げた。
「私がお母さんを死なせたの……?」
震えた小さな声だった。
それでもその言葉は父の耳に、心に届く。
「思い出したのかい……?」
「――……っ」
目を見開く大きな体に優希は大声をあげて泣きついた。
「少しは落ち着いた?」
「うん……」
父親に抱きついてひとしきり泣いた後、優希は浴室に連れて行かれてシャワーを浴びることにした。
浴び終えてリビングに向かえば、湯気がたつミルクと穏やかな表情が出迎える。
「今は暑い時季だけど、優希は温かい牛乳が好きだったろう?」
「うん」
ソファに座って飲めばじんわりとした温かさが体に染みていく。
優希は幼い頃、季節に関係なく母親の作るホットミルクが好きだった。
甘いほうが好きと言ってからは優希好みの量の砂糖も少し。
母が亡き後飲むことはめっきり減っていたが、父の作ってくれた強めの甘さが優希には優しさに感じられて嬉しくなる。
「――おいしいよ」
優希がそう言えば、父は目尻を下げて彼女の隣で微笑むのだった。
「お父さんは私を恨んでないの……?」
ミルクが冷え始め、カップの底に近づいた頃、優希はぽつりと問う。
両手でカップを持ちながらゆらゆらと揺れる水面を見つめていれば、くしゃりと前髪を撫でられた。
「恨むわけないだろう?」
恐る恐る視線を上げれば。
「優希は父さんと母さんの宝物なんだから」
柔らかく笑う父の姿に視界はまた歪む。