「ワタシの姿を覚えていますか?」
優希は思い出しながら首を横に振る。
髪の長い男性と思われる人は治臣とは声の質が違うように感じられたのだ。
「何となく残っているのは一人だけなんです。――言いにくいですが、その一人は美原さんに似ているような気がして――」
治臣は眼鏡のブリッジを上げ、なるほど、と返す。
「幼いからとあなたの前で現実へと戻って来たために、夢と混同してしまっているようですね。ワタシは――いいえ、ワタシと紅夜は確かに十年前にこの場所であなたと会っているのです」
「夢じゃないんですか……?」
驚きながら問う優希に、治臣は現実です、と短く返す。
「紅夜が覚えているかは分かりませんが、ワタシは覚えていますよ。十年前のあなたもやはり幼い頃の千夏に似ていましたから」
治臣は優希から前方へと視線を外し、目を細める。
その横顔がまるで泣いているように見えた優希が勇気を振り絞る。
「あの、千夏さんがどんな人なのか聞いてもいいですか……!」
千夏については聞きたいことの一つだ。
言い方が強くなってしまったことを申し訳なく思いながら治臣の言葉を待っていると、やがて空から雨粒が落ち始めて音を響かせる。
その音を聞きながら治臣は頷いた。
「少し長くなりますがお話ししましょう――」
静かに語られる内容に優希は胸が苦しくなる。
治臣から語られた千夏という人物は一言で表すならば治臣と紅夜の幼なじみだった。
治臣と紅夜が幼なじみの関係ということに驚く優希だが、紅夜と会った時に見た映像のもう一人の少年が治臣だと分かりふに落ちていく。
(二つ目の映像で美原さんの名前を言ったのは北上先生だったんだ……)
三人仲がよく、これからも三人でいられると思っていた。
しかし、千夏が急性の重い病にかかり、あっという間にこの世を去ってしまった。
「千夏が亡くなり、ワタシと紅夜は思い出のあり方について対立しました。悲しいことや辛いことは忘れた方がいいと考えるワタシと、反対に忘れるべきではないと考える紅夜。人は強くもあり弱くもある」