「え……?」

 紅夜の問いに優希は聞き返す形で声を出した。
 優希自身が思い当たる悲しい思い出は母親の事故死のみ。
 視線を足元に向けて必死に考えるもそれ以外は出て来ない。

「――分かりません。私にとってお母さんの事故死以上に悲しい思い出は考えられません……」

 顔を上げて言う優希の返答に、そうか、と短く答えた紅夜は優希が手に持つ袋に視線を向ける。

「オレが予想出来るキューブが覚醒を止めてしまう理由は一つ。覚醒前のキューブを持つ人が思い出を封じられている場合だ」

「そんな……」

 優希は声を震わせ、自分の右手に持っている袋を見つめた。
 物言わぬキューブが何よりの証拠で、それ以上何も言えなくなってしまう。
 紅夜もまた困惑していた。
 通常、所属候補者が思い出を封じられていた場合はキューブに触れた瞬間拒絶される。
 しかし優希は何もなくキューブを受け取り所持していた。
 しかしキューブが覚醒を止めた以上、キューブは優希との共鳴を拒んだことになる。

「思い出を封じられている場合、キューブに触れた瞬間に拒絶される。だが、篠崎さんはキューブに触れることが出来、覚醒しかけた――」

「そんなこともあるのですね」

「!」

 優希と紅夜の近くに移動して来た治臣が不思議そうな声をあげる。
 紅夜が瞬時に刀を振るうも彼はひらりとかわして優希に微笑みかけた。

「どうです? 思い出を忘れているならさらにワタシが頑丈に鍵をかけてあげますよ」

(そんなこと言われてもその内容が分からないのに……)

「用が済んだなら早く帰れ……!」

 戸惑う優希を守るように背中に隠し、治臣の前に立ちはだかる紅夜。
 刀を向けられても今夜の結果の余裕か笑みを崩さない。

「言われなくても帰りますよ。――でも、帰る前に言いたいことがあります」