奏太と春陽が落ち着き、改めて前方の女性に意識を戻す。
時間が立っても女性はその場を動いていないようだ。
「紅夜、彼女はどういったいきさつなんだ?」
「夫が列車にはねられて亡くなったそうだ」
「事故死、ですか?」
奏太の問いに頷かないまま言葉を続ける。
「目撃者の話しでは、フラフラとした足取りで下がって来ている遮断機を越えて行ったと言われている」
「それって……」
優希が声を震わせると紅夜は目を伏せた。
「会社の同僚の話しだと、普段はほとんど酒を飲まないのに、その日はまわりの制止を聞かず浴びるように飲んだそうだ」
「悩みなのかな……」
春陽の問いかけに答える声はなく、下りた遮断機の向こうを列車が再度音をたてて走って行く。
「思い出を保護させてもらおう。封じられて配偶者を忘れ行くのは忍びない」
「――紅夜……!」
紅夜が女性に結界を張る。
それと同時に薫が紅夜の前方に走り出し、キューブが光を放つ。
薫のキューブは大きな盾へと変わり、優希が変化に驚いた次の瞬間、目の前を走っていた車体に閃光が走り、列車は二つに分かれた。
「――来たか」
紅夜が舌打ちをして前方を鋭く睨む。
盾をキューブに戻した薫と奏太も前を見据え、春陽は声を失っている優希の手を強く握った。
「これはこれはお揃いで。また会いましたね?」
車体の間をゆっくりと歩いてくる人物に優希は目を見開いた。
スーツを身に纏い両手に刀を持つのは数日前に会った人で。
優希の姿を捉えた目が細められ、彼女は暗い瞳に背筋が寒くなる。
「北上先生……」
「やはり、月が綺麗な夜に見た新入りはあなたでしたか」
「お前に関係ない」
北上の言葉にかぶせるように紅夜は低い声色で返す。
紅夜は北上の後ろの車体に目を向け、苦々しい表情を作った。
「相変わらずな登場の仕方だな」
「いいではないですか。関係者以外は影響を受けず、車体だって時間が経てば元に戻って走り出すのですから」
北上が後ろを見れば二つに分かれた車体は一つとなり、何事もなかったように走り去って行く。
驚く優希に、春陽が怪我と同じでキューブの力だよ、と説明した。
北上は紅夜達を順番に見た後、大げさに肩を動かして見せる。
「やれやれ。あなた達はまだ多くの人を苦しめているのですね」