「優希ちゃん、もう目を開けて大丈夫だよ」
エレベーターに乗ったような浮遊感がしばらく続いた後、光の眩しさに目を閉じていた優希に声がかけられる。
離される温もりと足下に確かな感触を覚えながら優希はそっと目を開いた。
(――ここが仮想世界……?)
移動したはずの景色は先ほどとまるで瓜二つ。
校門前の道路、息がつまりそうな蒸し暑さ、月を隠す雲の様子も同じように感じられる。
瞬きを繰り返し辺りを見回す彼女に紅夜が静かに笑い声をもらす。
「そっくりだろう? だけど現実と仮想世界には大きな違いがある」
「な……!」
紅夜はそう言って近くを歩いていた人の体に腕を突っこんだ。
言葉を無くす優希を尻目に紅夜はなおも腕を入れ続ける。
やがて歩く人は顔色一つ変えないまま、紅夜の体をすり抜けた。
「え……?」
目を見開く優希の近くに紅夜は戻って来る。
紅夜の体は傷一つなく汚れてもいない。
「キューブに関係していない人は仮想世界では実体がないんだ。人以外の生物も同じく実体がない。でも、オレ達が立っているように――」
紅夜は言葉を切ってつま先を動かして地面を叩くように音を鳴らす。
地面は確かに存在し現実と遜色ない音をたてた。
「地面や建物などは現実と同じで実体がある。ぶつかれば痛みを感じるし、ロックキューブの所持者と争うことになれば建物が壊れたり物に当たって怪我をすることもある」
「そんな……!」
(思い出を守るってそんなに危険なの……?)
優希は体の熱が失われていくのを感じた。
目に見えない不確かな物を守る、ということに未だ現実味を感じられずにいたが、怪我をすると聞いたことで身の危険を感じて一気に現実味を帯びる。
たまらず顔をふせる彼女の頭を春陽が優しくなでた。
なぐさめるような手つきに母を思い出し、優希は目頭が熱くなっていき泣きそうになる。
しかし目を強く閉じることで耐え抜いた。
「怪我をしたら痛いけど、ここにいればキューブが治してくれるから大丈夫だよ!」
「え……?」
顔を上げれば春陽は瞳を細めながら優希を見ていた。
ここにいれば怪我が治ると聞き、優希は信じられない気持ちになった。