「謝っても無駄よ、ムダァ~! ふふっ……」


 背後で女がクスクス笑う。


 杏奈は振り返って女を睨むと、画面に視線を戻した。



『あ……ん。心配しないで……。俺は、ハァ……大丈夫……だから』


 途切れ途切れに声を絞り出す彼は、今まで以上に苦しそうに顔を歪めている。


 笑おうと唇をつり上げようとするのだが、上手くいかないようだ。


 悠介……無理しないでいいよ?


 辛いときまで、笑おうとしないで。



「あはははっ! マジ受けるぅ~♪」


「……うるさい、黙ってよ!」


 杏奈は手を叩いて笑う女を怒鳴った。


 しかし、ヘラヘラと締まらない顔つきのまま、意味不明なことを呟いている。



『うぐッ……!』


 低く、くぐもった声を出す悠介。


 何者かに顔を押さえつけられ、鼻を洗濯バサミで摘まれていた。


 苦しくて口を開けて呼吸をすると、ふいに口の中にペンチを入れられる。



『ううッ……ぐぅああぁ!』


 悠介の顔が一気に苦悶に歪む。


 ゴリッ、という何かが折れる音が響いた。


 そんな……!


 杏奈は立ち尽くしたまま、画面を呆然と見つめる。


ペンチで無理やり、上の前歯を抜かれてしまったのだ。



『ぐ……ッ!』


 抜かれた歯茎から血が溢れ出す。


 しかし、悠介は必死に我慢していた。


 杏奈に心配させまいとしているのだろう。


 自分は何をされても平気なんだ。


 杏のためなら、俺は強くなれる……!


 ──とでも言うように。



「あはははっ! バカな男ぉ~! 歯がないと超~間抜け~!」


 女がケタケタと笑っている。


 杏奈はカッと怒りに全身が熱くなり、女に思いっきり体当たりをした。


 ゴンッ


 女の細い身体が壁に当たって、鈍い音を立てる。



「きゃっ! 痛~い……。ふふっ、あはははははは!」


 女はぶつけた腕をさすりながら、またしても甲高い声で笑い出した。


 本当に狂っているのではないだろうか?