身体が鉛のようにだるい。


 風邪でもひいたのだろうか?


 杏奈は毛布の上に横たわり、ぼんやりと宙を見つめていた。


 何も考えたくない……。


 たとえ、悠介のことさえも。


 しばらくして扉が開いた。


 部屋に入ってきた女の顔には、不気味な笑いが浮かんでいた。


 杏奈は胸がざわつくのを感じながら、重たい身体を無理やり起こした。



「何の……?」


 女が手にしているDVDを顎でしゃくり、少しかすれた声で問いかける。


 すると、杏奈に負けないくらいボサボサになったウェーブヘアーを振り乱しながら、女は勢い良く振り返った。


 焦点の定まらない、半月形になった目が怖い。



「……これェ? あはっ! 面白いビデオよぉ?」


 舌足らずな口調で答える女。


 何かおかしい──。


 今までのヒステリックな態度と違い、やけにえへらえへらと笑っている。


 まさか、ラリってる……?



「何がどう面白いの?」


「うふふっ。そ・れ・はァ~……」



よろよろと近づいてきたかと思うと、杏奈の前にしゃがみ込んだ。


 そして、充血した目をカッと見開き──



「見れば分かるっつってんだろがぁあああッ!!」


「きゃっ……!」


 ドスの効いた声で叫び、杏奈の頬を打ったのである。


 な、何なの? この女……。


 殴られた左頬がズキズキと痛むのを感じながら、あまりの突然の出来事に唖然とするばかりだった。


 女は何事もなかったかのように、鼻歌混じりにビデオをセットしている。


 画面に映ったのは、やはりと言うべきか──悠介だった。


 最後に見たときからさらに傷が増えている。


 ピエロ男の仕業だろう。



『ハァ……ハァ……ッ』


 悠介は苦しそうに肩で呼吸をしていた。


 確か、幼い頃に小児ぜんそくを患っていたと聞いたことがある。


 今ではすっかり完治したらしいが、こんな目に遭わされて発作が起きないだろうか?



「悠介……、ごめんなさい」


 杏奈はポツリと声に出して謝った。