……もしかして、本当にステーキを食べさせてくれるの?


 大きな期待と小さな不安を胸に抱きながら、杏奈はやることもなく座っていた。


 動くたびに鎖が鳴る。


 頭の中は、ステーキのことで一杯だった。


 早く食べたい……。


 食べたい食べたい食べたい食べたい!!


 杏奈は極限状態の空腹感に襲われ、思考能力を欠落させていた。


 表情に覇気はないが、目は爛々(らんらん)としている。


 それは異常なほどの輝きだった。


 しかし、一向に扉が開く気配はなく、杏奈は痺れを切らしていた。



「ああ、もうッ! 早くしてよぉー!!」


 苛立ちを声に出したとき、タイミング良く扉が開いた。


 ゾンビ男が皿を持って、部屋に入ってくる。


 もしかして、あれは……。


 香ばしい匂いが鼻孔をかすめた瞬間、杏奈は猫のように機敏な動作で立ち上がった。



「ステーキ!? やったぁ~! イエーイッ」


 あまりにも嬉しくて飛び跳ねる。


 ゾンビ男は少し迷惑そうな顔をしながら、ステーキを乗せた皿を床に置いた。


 リーダーは約束を守ってくれたのだ。


 少し時間がかかったようだが。



「……お箸とかフォークは?」


「そんなものねェ。犬食いしろってことだ」


「まぁ、いいわ……。いただきまーす!」


 杏奈は涎を垂らさんばかりの勢いで、肉厚のステーキにかぶりついた。


 それからは無心に食べた。


 肉だ、肉だ、本物だっ……!


 とにかく夢にまで見たステーキを食べることが出来て、興奮のあまり冷静さを失っていた。



「……んー、美味しい~っ!」


 噛みしめるたびに溢れる肉汁に、ほっぺたが落ちそうなくらいだ。


 すごい勢いでステーキを食べる杏奈を、男は無表情に見つめていた。


 ……ガリッ!


 何か、硬いものが歯に当たった。


 ……ん?


 杏奈は咀嚼するのを止め、皿にペッと吐き出した。


 白っぽくて小さいもの……。



「何これ……?」


 杏奈は顔を近づけて、その正体を確認しようとした。


 男も同じように屈み込んで見ている。


 それは、人間の歯だった。