幼き真の背中が遠ざかっていく。


 ……行くな。


 “俺”を置いて行かないでくれ──。


 真は暗闇の中で、過去の幻影に呼びかけた。



「……っ!」


 真はハッとして目を開けた。


 額に手を添えながら半ば呆然とする彼の左目から、一筋の涙が零れ落ちて頬を伝う。


 泣いてるのか?


 この俺が……。


 真は、自分の感情の変化に動揺した。


 何があっても平然、いや超然としていた鋼鉄の精神が、脆くも崩れ落ちた瞬間だった。



「フッ……」


 真は髪を掻きあげながら、自嘲の笑みを浮かべた。


 所詮は、俺も弱い人間だったのか。


 絶望しかないのに、何故か笑いが込み上げてくる。



「くっ……くく……あははは……ハハハハハ!!」


 真は涙を流しながら、高笑いをした。



“ねぇ、開けてよ……!ねぇってばぁ!!”



 金庫からそんな切迫した声が聞こえてくるが、真の耳には届かない。


 この先どうするか、それしか頭になかった。


 『高校生男女失踪事件』は、当初に比べると新聞やニュースの報道も落ち着いてきている。


 しかし、警察も無能ではないだろう。


 真はある仮説を考えた。


 この“実験”は極秘であり、真以外ではメンバーしか知らない。


 もし、メンバーの中に裏切り者がいたら?


 最後の生き残りだった森耕太郎が、警察に密告していたら……。


 こうしている今も、人里離れたこの別荘に追っ手が迫っているかもしれない。


 真は椅子から立ち上がり、部屋の中を歩き回った。


 何だか落ち着かない。


 胸がザワザワする……。


 警察を恐れているわけではない。


 ただ、虚勢を張って生きてきた自分のメッキが剥がれたことに、一抹の不安と焦りを感じるのだ。



“ううっ……開けてよォ……”



 相変わらず、金庫の内側から泣き声が聞こえてくる。


 真は無言で金庫の扉を蹴ると、深々と息を吐き出した。


 さて、どうしたものか……。