拳銃を拾い上げ、倒れた椅子を起こす。


 真は疲れを感じる身体を椅子に収めながら、拳銃を膝元に置いた。



「ふー……」


 額に手を当てて、重々しく溜め息を漏らす。


 ゆっくりと目を閉じた。


 蘇るのは母親との楽しい思い出ではなく、何故か一人の少年の顔だった。


 もう一人の被験者、遠藤悠介。


 あの少年には、正直苛々させられた。


 あれは、少年がまだ生きていた二週間前のこと……。


 額田に暴行を繰り返され、ろくに水や食事を与えられていなかった。


 真は、いつまでも根を上げない少年を訝しく思った。


 ……コイツは人間じゃないのか?


 過酷な仕打ちにも泣き言を一つ言わない彼に、本気で戦慄を感じた瞬間もあった。


 そして、少年の元に自ら出向き、その真意を確かめようとした。



「貴様に問う。……何か欲しいものはあるか?」


 血だらけの少年を前に、真は神にでもなったような気分で尊大に問いかけた。


 しかし、彼は──



「……いりません、何も。でも、彼女だけは……助けてやって下さい。お願い……します!」


 腫れ上がった瞼の下から覗く、澄んだ瞳を涙で濡らしながら訴えてきたのである。


 少年は、自分のことよりも大切な人を思いやる美しい心の持ち主だった。


 だからこそ、真は苛立ちと恐怖を感じずにはいられなかった。


 まるで、幼い頃の純粋な自分を見ているような気持ちになり、叫びたい衝動に駆られた。


 忌まわしき過去を思い出させるものは全て排除したかった。


 母親の断末魔の瞬間が脳裏によぎるたび、激しい頭痛と吐き気に見舞われるのだ。


 あの頃の、無力な自分が腹立たしい。


 誰よりも大好きだった母親を助けてあげられなかったことを今でも悔やんでいた。


 しかし、過去は変えられない。


 ならば──無理やりにでも記憶から消し去るしかないのだ。



「ごめんね……お母さん」


 九歳の少年だった真が涙を流しながら、死んでしまった母親に謝っている。


 それから十年経った今も、真は子供のままだった。


 あの日から時が止まっているのだから──。