「うっ……く!」


 真は溢れる涙を手の甲で拭い、しばらくぼんやりと考えていた。


 泣かないと決めたはずなのに、どうして僕は泣いたんだろう。


 ……心が弱いから?


 このままでは苦しみ続けることになる。


 真はキュッと唇を噛み、ある決断をした。


 暖かそうな青い手袋をしげしげと眺めた後、心を無にして綺麗に編まれた毛糸をほどいていく。


 お婆さんが心を込めて編んでくれた手袋は、ただの青い毛糸となって床に落ちた。



「……こんなもの、いらない」


 真は低く呟くと、毛糸の固まりをゴミ箱に投げ捨てた。


 そして、メッセージカードを手に取るとビリビリに破り捨てた。



「余計なことしてくれるよな、あの婆さんも……」


 真は子供のものとは思えぬほどニヒルな笑みを浮かべながら呟いた。


 お婆さんの好意を踏みにじることで、真は外道になりたかった。


 いや、ならなければいけない。


 無垢な心を自らの手で壊し、何が起こっても惑わされない強靭な精神力を手に入れるのだ。



「……もう、誰も信じない」


 そう口にした瞬間、真の目の奥に邪気の光が灯った。


 まだ九歳の少年の、あまりに大きすぎる決意だった──。


 翌日から学校へ通うようになったが、必要最低限以外のことは誰とも話さなくなった。


 勉強や本などを読み漁り、友達などまるで最初からいなかったかのように振る舞った。


 周囲からは奇異の目で見られ、腫れ物に触るように扱われ……。


 しかし、真は気にしなかった。


 それから約十年──。


 人としての一切の感情を捨てた彼は、父親の名義で借りた高級マンションに一人暮らしをしている。


 心から笑ったり、泣いたことは誓いを立てた日以来一度もなかった。


 “実験”を企てたのは、ただの暇潰しに過ぎない。


 そして、ファーストフード店で“被験者”を見つけた。



「……標的発見」


「えっ?」


「誰ッスか?真さん」


 独り言のように呟いた真に、メンバーたちは一様に驚いたような顔を見せたのである。


 真の視線の先にあるのは──


 微笑みながら見つめ合う、初々しい高校生カップルの姿だった。