「……と、真!おい、しっかりしろ!」


 耳元で声が聞こえて、真はハッと目を見開いた。


 背広姿の父親が心配したような顔で、真を見下ろしている。


 いつの間にか、ベランダで気を失っていたらしい。


 辺りは薄暗くなっていた。



「お……母さんが……っ」


 真はガタガタと震えながら、掠れ声で父親に訴えた。


 すでに騒ぎは収まり、人だかりは嘘のように消えていた。



「あぁ……会社に連絡があって、病院に行ってきた」


 父親は暗い表情で言うと、真の華奢な肩をそっと抱き寄せた。


 その身体はすっかり冷え切っていた。



「とりあえず中に入ろう。風邪ひくぞ」


「……」


 真は無言で俯いたまま、部屋の中に戻った。


 父親が買ってきた弁当を「食欲がないから」と断り、ソファーで膝を抱える。



「……これからは、お前と二人きりになるな。寂しいが、強く生きていこう?」


 “二人きり”と言う言葉に、真はビクッと肩を震わせた。


 違うよ……。


 あれは、本当のお母さんじゃないんだ。


 だって、お母さんは僕に約束してくれたじゃないか。


 『真を残して死んだりしない』って──。


 翌日、真は学校を休んだ。


 部屋にこもりがちになり、口数も極端に少なくなった。


 そして、通夜の席で“真実”を耳にすることになったのである──。


「里枝さんも可哀想な人だったわよねぇ……」


「二十歳そこそこで、旦那さんに見初められたんでしょ? でも、商売女だったから反対されて……」


「結婚後も風当たりが強くて、先代の社長の奥様なんかは特に里枝さんを忌み嫌っていたらしいわよ」


 ヒソヒソと会話をかわす参列者たち。


 小難しい内容だが、子供の真にも薄々分かった。


 お母さんは、芹沢のお婆ちゃんや親戚の人たちに苦しめられたんだ……。


 父方の祖母は数年前に病死したが、真の母親のことを快く思わなかった者は他にもいるらしい。


 精神的に追い詰められた母親は、夫や息子に内緒で心療内科にかかり、睡眠薬や安定剤を服用していた。


 後に、鬱による自殺だと断定された。