グシャッ


 母親の細い身体が思い切り地面に叩きつけられた瞬間、真の耳元におぞましい音が響いた。


 時間が止まったような気がした。


 真は瞬きも忘れ、ぐったりして動かない母親を凝視していた。


 その身体から、みるみる血が溢れ出していく。


“ごめんね、真”


“ごめんね、まこと”


“ゴメンネ、マコトォォォ……”


 頭の中で繰り返される言葉が、囁くような声から悲しい雄叫びへと変わっていく。


 違うよね?


 これは、お母さんじゃない。


 お母さんなんかじゃないんだ。


 絶対に違う……。



「きゃあっ! 誰か……」


「飛び降りだ! 救急車を──」


 マンションの住人たちが集まってきて、周囲が途端に騒がしくなる。


 真は返り血を浴びたまま、母親“だった”肉の塊を見つめ続けていた。



「君は、芹沢さんのとこの……。大丈夫かい?」


「こっちにいらっしゃい!」


 真の姿に気づいた住人が慌てたように、真をその場から離れさせようとした。



「……違う。違う、違う違う、違うちがうチガウチガウチガウチガウー!!」


「ひッ……!」


 真は狂ったように絶叫しながら、手を差し伸べてきた中年女性を突き飛ばした。


 そして、全速力で非常階段を十五階まで駆け上った。


 エレベーターの方が速いが、錯乱状態に陥っている真はまともな判断力に欠けていた。



「ハァッ……ハァッ、ハァッ! お、お゛があ゛さん……ッ」


 激しく息を切らしながら、真は震える手で玄関の扉を開けた。


 寝室か、リビングか。


 ──お母さん、どこ?


 ねぇ……お母さんったら!!


 茫然自失のまま、リビングの扉を開ける。


 ベランダのサッシが開いたままになっていて、外から入り込んだ微風がレースのカーテンを揺らしていた。


 青白い顔をした真はベランダに出て、柵越しに下を覗き込んだ。


 無数の人だかり。


 野次馬根性剥き出しの住人達。


 遠くから救急車のサイレンが聞こえてくる。


 真は頭痛と目眩を覚えて、その場に座り込んだ。