画用紙に描かれた絵を見た瞬間、母親は驚いたようにハッと息を飲んだ。


 そして、少年の方を振り向く。



「……真が描いたの?」


「当たり前ー! 僕以外に、お母さんの似顔絵を描く人いると思う?」


 少年は両手を頭の後ろで組みながら、屈託なくケラケラと笑った。


 図工の時間に『僕の、私の好きな人』という題目で、白い画用紙を配られた。


 少年──芹沢真は、迷うことなく母親を描いたのである。



「それ、お前の母ちゃん?」


「真の母ちゃんって、そんなに美人なのかよー。嘘くさっ!」


 クラスメートたちの冷やかしも気にならなかった。


 真にとって、母親は世界中の誰よりも大切でかけがえのない存在。


 お母さんさえいれば、僕は意地悪を言われたって生きていける──。



「お母……さん?」


 ふと、真は心配そうに母親の顔を覗き込んだ。


 画用紙を持つ手が震え、長い睫毛が顔に影を落としている。



「っ……! お母さん、嬉しいの。嬉しくて、泣いてるのよ……」


 母親は声を震わせながら、真を強く抱きしめた。


 泣くほど喜んでくれるなんて、嬉しいな……。


 柔らかい感触と優しい匂いに包まれて、真はこの上ない幸福感を噛みしめていた。



「お母さん。大好きだよ」


「うっ……ありがとう、真。あなたは優しい子ね」


「クラスの子たちは、僕のことからかうんだ。でもそんなの関係ないよ」


「……えぇ、そうね」


 母親は涙を流しながら、優しく微笑み返してくれた。


 バレンタインデーに女の子からチョコレートを沢山貰っても、母親が作ってくれたブラウニーの方が何倍も嬉しかった。


 「お返しはちゃんとしなければダメよ」と母親に諭され、ホワイトデーにはキャンディの詰め合わせを配った。


 教えられなければ、真は女の子たちから反感を買っただろう。


 まだ幼い真にとって、母親は彼の全てだった。



「お母さん。長生きしてね?」


「もちろんよ。可愛い息子を置いて、死んだりしないわ」


 子犬のように一途な眼差しを向ける真の頭を撫でながら、母親は優しく、そして力強い口調でそう言った。


 自分に言い聞かせるように……。