「……この部屋には、大掛かりな装置を設けている」


 ふいに、芹沢真が紫煙とともに言葉を吐き出した。


 最初の頃と比べ、口数が多くなってきたような気がする。



「……装置って?」


 椅子の背もたれに身体を預けたまま、杏奈は掠れたような声で尋ねた。


 床に届きそうで届かない爪先がゆらゆらと揺れる。



「俺の全財産を詰め込んだ金庫を狙う、良からぬ輩を“仕置き部屋”に誘導する為の装置だ」


「……」


 言葉の真意を悟った瞬間、杏奈は途方もない気後れを感じた。


 まさかあのピエロ、コイツの言う“金庫”を狙って罠に嵌ったんじゃ……。


 あの強欲そうな男のことだから、その可能性も十分に有り得る。


 だとしたら、杏奈をこの部屋に連れて来たのは──


 “仕置き部屋”に入れるため?



「……今頃、“アイツ”は骨になってるだろうな」


 遠くを眺めるように目を細めながら、神妙に呟く芹沢。


 アイツとは、ピエロ男の額田哲司のことだろう。


 数日で骨になるお仕置きって、何なのよ……!?


 背中に戦慄が走り、杏奈は石のように固まった。


 じりじりと迫り来る死の恐怖に耐えられるのも、後どのくらいだろうか。



「……思い返してみれば、俺の周りはいつだって裏切り者で溢れていた」


 芹沢が吐息混じりに、静かに声を発する。


 独白のような口調に、杏奈は黙って耳を傾けた。


 ──裏切り者?


 まるで、自分だけが被害者みたいな言い方ね……。


 そんなことを口に出そうものなら、仕置き部屋に放り込まれてしまうかもしれない。


 杏奈はそれほど愚かな女ではなかった。



「……それだけ、あの頃の俺は無条件に人間を信じる甘ったれたガキだったってことだな」


 そう言って、自嘲気味な笑いを漏らす。


 一瞬だけ、芹沢の瞳が初めて揺らいだ。


 杏奈には見えるはずもないが、今までに感じたことのない重苦しい空気に、息が詰まりそうになった。


 彼はこの期に及んで、自らの生い立ちを語ろうとしているのだろうか?


 杏奈はそれを一番恐れていた。


 芹沢真と言う人間の、深い心の闇に触れることを……。