一瞬の後、目隠しをされたことに気づく。


 アイマスクによって、視界を遮断されてしまったのだ。



「手を出せ」


「っ……!」


 抵抗する間もなく、両手を縄のようなもので縛られる。


 戸惑いながらキョロキョロと首を動かす杏奈の両手の縄を掴んで、芹沢が無言のまま歩き出す。



「あっ……! 待って、どこに行くの?きゃあっ」


 足がもつれて転んでしまった。


 しかし、彼は構う様子もなく、縄を掴んだまま歩いて行く。


 杏奈は引きずられるようにして、壁や柱に身体をぶつけた。



「痛いっ! もう……待ってよ!」


「……ギャアギャアうるさい奴だ」


 薄暗い階段を上りながら、芹沢が低い声で言い放つ。


 ぶっきらぼうな口調ではあるが、どことなく愉しげに聞こえた。


 きっと、私を虐めて喜んでるんだわ……。


 目が見えない恐怖と全身を蝕むような苦痛に、杏奈は心身ともに衰弱しつつあった。


 段差につまずきながら、必死で階段を上っていく。


 転んで顔を打つのは嫌だ。


 ふいに芹沢が後ろを振り返り、杏奈の姿を見て「フッ」と唇を歪めて笑った。


 その表情は今までに見せたことのないものだったが、杏奈の目に映るはずもない。


 コツ……


 やがて芹沢の歩みが止まった。


 扉が開く音に、杏奈は小さく身構えた。


 ここはどこで、何をするつもりなのだろうか。



「……ここに座れ」


「きゃっ!」


 軽く突き飛ばされ、杏奈は黄色い椅子にすっぽりと収まった。


 膝の上に置いた両手をさりげなく動かすが、縄はほどけそうにもない。



「ここは……?」


 見えないと恐怖も倍増になり、杏奈は救いを求めるように声を出した。



「どうせ見えないんだから、答えるまでもない」


 予想通り、不親切な言葉が返ってきた。


 ぐったりとした様子で椅子に座り込む杏奈を眺めながら、芹沢は白い壁にもたれていた。


 慣れた手つきで煙草をくわえ、ライターを取り出す。


 煙草に火を点けたんだわ……。


 今の杏奈にとって、聴覚だけが頼りだった。