しかし、伸ばした手は空を掴んだだけだった。


 ……外した!?


 杏奈はショックと絶望に襲われ、表情を強ばらせた。


 無表情のまま、芹沢がナイフを突き出す。



「うッ……!!」


 左胸に重い衝撃を感じ、杏奈は床に倒れ込んだ。


 刺されたのだろうか。


 返り討ちなんて情けない──。



「うぐっ……、ゲホッゲホゴホッ!」


 激しく咳き込みながら、胸元に手を当てる。


 血は出ていない。


ナイフで刺されたのではなく、柄で突かれたのだと気づく。


 何で、私を殺さなかったの?


 遊ばれてるのかな……。


 杏奈は荒い呼吸を繰り返しながら、沈黙したままの彼に対して言い知れぬ不安を覚えた。


 口数が少ないから、何を考え、企んでいるのか分かりづらい。



「……しばらくそうしてろ」


 杏奈の中から自身を抜くと、低く呟いて立ち上がった。


 身なりを整えた芹沢は、何事もなかったかのように部屋から出て行く。


 ナイフを手にしたまま──。


 開け放たれたままの扉を見ても、逃げる気力は湧かなかった。


 身体の節々が痛み、頭の中が混乱していて何も考えられない。


 ……悠介、見てる?


 ブザマな私を笑ってもいいよ。


 唯一の心の拠り所である悠介に、力なく話しかけた。


 ふいに、強烈な眠気に襲われ目を閉じる。


 コツ、コツ、コツ……


 近づいてくる靴音に恐怖を抱きながらも、杏奈は重い瞼を開くことが出来なかった。


 ……眠いし、寒い……。



「おい。起きろ」


「ん、んん……」


 降り注ぐ声に反応し、杏奈は小さく唸りながら身をよじった。


 お願い……このまま眠らせて。


 微睡みかけたその瞬間、髪の毛を鷲掴みにされ引っ張り上げられた。



「ひっ……、いやぁっ!!」


 痛みと驚きのあまり、短く悲鳴を上げながら目を開ける。


 芹沢に髪を掴まれたまま、杏奈は強制的に立ち上がらされた。


 貧血に見舞われ倒れ込みそうになった身体を、芹沢が胸元で受け止める。



「あ……、めっ……目が見えない……!」


 突然、目の前が真っ暗になり、杏奈は不安げな声を上げた。