そして、大きく息を吸い込んだ。



「……僕が死にます」


 真の顔をまっすぐ見つめながら、耕太郎は毅然とした口調を装って言った。


 本当は全身が震えるほど怖い。


 死にたくもない。


 でも……好きな人の前では、“いい男”でありたい。


 そのプライドが、恐怖のあまり発狂しそうな耕太郎の精神状態をかろうじて保たせていた。



「ふん、自己犠牲か……」


 真が面白くなさそうに、小さく鼻で笑う。


 そして、ナイフを握り直した。



「お前には幻滅したよ、森」


 目を細めて吐き捨てたかと思うと、彼は躊躇なく患部をナイフの先端でえぐった。



「ぎゃああッ! ううっ……つッ……!!」


 今まで体験したことのない痛みに叫びながらも、耕太郎は歯を食いしばって堪えた。


 その様子を無表情で見下ろす真は、執拗に同じ箇所にナイフを突き立てた。



「うぎゃあああッ……!! うぐっ……あぁああっ!」


 耕太郎は充血した目を剥いて、腹部の激痛と圧迫感に激しく身をよじった。


 ゴポゴポッ──と血が噴き出す。


 何度もナイフの抜き差しを繰り返す真は、狂気の沙汰としか思えない。



「うぐぅっ……ハァッハァッ……」


 呼吸を荒げながら、守るように身体を折り曲げる耕太郎。


 額にじっとりと脂汗が浮かぶ。


 すごく寒い……。


 背中に悪寒が走り、青白い顔の耕太郎は大きく身震いした。


 身を引き裂かれるような痛みと死への恐怖に、自然と涙が溢れ出す。



「……言い残すことは?」


 血塗れのナイフを手にした真が静かに口を開く。


 少しずつ遠のいていく意識の中、耕太郎は最後の力を振り絞って上体を起こした。



「ハァ……あん……な……さん。僕の、こと……ハァッ……。わ、忘れないで……下さい……ね?」


 息も絶え絶えに、耕太郎は泣きながら杏奈に訴えた。



「……」


 先ほどの様子とは打って変わり、彼女の目には涙などなく、無表情に耕太郎を見つめていた。


 全身で、耕太郎の愛を拒否するかのように。


 それでも僕は、自分の選んだ道を後悔しない──。


 耕太郎はフッと力なく微笑みを浮かべると、凄まじい眠気と脱力感に襲われて目を閉じた。