「そんな……っ」


 喉の奥から声を振り絞りながら、耕太郎は力なく首を振った。


 そんなの選べるわけがない。


 自分が死んだら、残された家族に何をされるか分からない。


 だからと言って、杏奈を見殺しにするのも耐え難い。



「選べないか? じゃあ、どっちも死ぬことになるぜ」


 真が口元に冷笑を浮かべながら、いつもより少し明るいトーンで言った。


 しかし目は笑っていない。


 本気であることが痛いほどに伝わってくる。



「くっ……! ハァッ……」


 耕太郎は薄い唇を噛みしめ、幼さが残る顔に苦悩の表情を浮かべた。


 傷は浅いものの、刺された部分がキリキリと痛み出す。


 早く決めなければ──


 そのときだった。



「コウ……ちゃん」


「!!」


 小さく自分を呼ぶ可愛らしい声に、耕太郎はビクッと大きく肩を揺らした。


 痛みを忘れて、肘をついて上体を起こす。


 人形のように足を投げ出して座る杏奈が、悲しげな表情で耕太郎を見つめていた。



「杏奈さん……?」


「コウちゃん……」


 彼女はもう一度、甘い声で名前を呼んできた。


 恋人同士のような錯覚に陥る。


 一瞬、真が顔をしかめたことに耕太郎は気づかなかった。



「コウちゃんがいてくれて……心強かった……」


 柔らかい微笑みを見せる杏奈。


 その儚げな美しい笑顔に、抱きしめたい衝動に駆られた。


 真は無言のまま、杏奈を黙って見つめている。



「……だから、今度は私が……コウちゃんを助けるわ」


「えっ……? 杏奈さん、それは……!」


「忘れないでね? 私のこと……」


 杏奈は微笑みながら、ポロリと涙を流した。


 杏奈さん……!!


 美しい泣き顔とけなげな言葉に、耕太郎は胸が締めつけられる思いだった。


「……ふん」


 真が小馬鹿にしたような笑いを零す。


 きっと彼には分からないだろう。


 人を愛したことのないあなたに、僕の気持ちなんか──



「……もう一度だけ訊いてやる。さぁ、どっちだ?」


 嘲笑を含んだような真の声を聞きながら、耕太郎はつむっていた目をゆっくり開いた。