それは、生焼けっぽい骨つき肉だった。


 ……何の肉?


 生臭さが鼻につき、杏奈は吐き気を催した。


 ふいに、脳裏に悠介の死体写真が浮かぶ。


 まさか、これって……。


 おぞましい想像を巡らせた瞬間、背筋に悪寒が走った。



「……どうして食わない?」


 芹沢真が眼光鋭く尋ねてくる。


 杏奈は小さく唾を飲み、ゆっくり首を振った。



「た、食べるわ……。ちょうどお腹が空いてたの」


 動揺を隠しながら、上ずった声で答える。


 きっと、鶏肉よ……そうに決まってる。


 杏奈は自分に言い聞かせながら、骨つき肉にかじりついた。


 グチュッ……グチュッ……


 噛むごとに汁が溢れ出すが、生臭さに吐きそうになる。



「うッ……!」


 杏奈は顔をしかめながら、思わず呻き声を漏らした。


 胃がムカムカして逆流しそうだ。


 何でこんな生焼けの肉なんか、食べさせられなきゃいけないの……!?


 涙目で男を睨みつけると、芹沢真はわずかに口角をつり上げた。



「どうだ? 愛する彼氏の味は」


「……えっ?」


 ギクリと身体を強ばらせる杏奈。


 今、何て言った?


 生焼けの鶏肉を悠介だと偽っているだけだと思いたい。



「その目は信じてないな? ……これが証拠だ」


 芹沢真はそう言って、杏奈の目の前に写真を突きつけた。


 見たくない──だけど見ずにはいられない。


 その写真には、腹部の一部がえぐられた悠介の死体が写っていた。

 
 鋭利な刃物で切り取られたのだろう、白骨が覗いている。



「きゃああああッ!!」


 杏奈は悲鳴を上げて、骨つき肉を皿ごと蹴飛ばした。


 かじりかけの肉が無造作に床に転がる。


 人間の──悠介の一部を食べさせられたと思うだけで、震えが止まらなくなった。


 今すぐ、記憶を消し去りたい。


 芹沢は人形のような生気のない目で、杏奈を見下ろしていた。



「……何で残すんだ? 愛する者の肉なのに。骨までしゃぶれよ……」


 肉を拾い上げた彼が抑揚なく言いながら、こちらに歩み寄ってくる。


 嫌……来ないで。


 杏奈は恐怖と絶望に震えながら、初めて人間の恐ろしさと言うものを思い知った。