光子は、空中を見つめながら、十戒なるものを、スラスラと言った。
使い人としての知識を、マリア様から与えられたからに違いない。
杏奈は、なにひとつ覚えられなかった。

「さあ、石森さん、10円玉に人差し指を置いて!」

光子が、笑顔で促してきたが、杏奈はすぐにその通りにすることができなかった。

確かに、光子は痩せてキレイになるという願いを、マリア様から叶えてもらった。

しかし、マリア様という存在を簡単に信じていいものだろうか、と杏奈の本能的な部分が、ストップをかけてくる。

例えば、美しい森の奥にある小さな湖から、マリア様が現れたというなら、杏奈もすぐに信じただろう。

だが、マリア様は、あの古ぼけたトイレから、現れたということが、どうしても引っかかってしまう。
本当に、神様なのだろうか、と。

すると、考え込んでいる杏奈の顔を、光子がのぞきこんできた。

「ねえ、石森さん、あなた一体なにを迷っているの?」

光子が、そっとささやくように、問いかけてくる。