あの頃とは
全く別人の



『青』



のこの子を、俺はゆっくりと車に乗せた。


小さく助手席でうずくまったまま、シートベルトをさせるのさえ困難な
幼稚園のようなこの子に

やはり、胸が痛くなる。



嫌だ嫌だと、顔を歪ませて涙をいっぱい貯める彼に
声にならない悲鳴を感じた。







「今から車出すから、揺れるよ。」




「......ぅん」




まるで、我が子ができたような気持ちで
俺は車を走らせた。


胸には何かがずっとつっかえた。

俺は泣きそうな自分を必死に殺した。










この子は語った。


暗い森の中を進むとき。


何かを思い出しながら、木から落ちる
雨つぶと同じように、


ポツリポツリと呟いた。









まだ、高校生の
あの頃のままの。







城田斗真
高校一年生の冬。




彼は、好きな子からバレンタインデーの日に、プレゼントをもらうと五日前からウキウキしていた。



なぜか?


好きな子からもらえるかなんか
とっくにわかっていたからだ。



彼はこう語った。
可愛かったんだと
涙を流しながら.....

だって好きな子は必要以上に


『いちご味のチョコは好き?』

『ビスケットの入ったチョコっておいしいのかなー?ねぇ?斗真は好き?』

『生チョコっておいしいよね〜』

『ケーキだっ!そうだっ!斗真はガトーショコラ好き?』





......『斗真は、チョコ好き?』







何かとチョコの話題を振っては、最終的に斗真にチョコが好きか聞いてきた。





.......可愛いな。


バレバレだっつぅの。







時が流れて、期待が高まって
君は、もうそのひに告白しちゃおうかと考えた。



照れる彼女

全てを手にしたかった。


俺のものにしたかったんだってさ。




.......また、涙を流した。




バレンタインデー前日。



君は、明日が楽しみでいつもより早くお風呂に入って、髪の毛を丁寧に乾かして

明日のワックスはこれにしよう。

この香水、彼女は好きって言ってたかな。

どうしよう...渡されたら何て言おうかな。



ウキウキした。


あと10秒したら明日になってくれないかな。





.....会いたい。

...........彼女に会いたい

抱きしめたい。






君は、早く寝て早く起きて
朝、彼女の家に行こう。


バレンタインデーの彼女の姿を

可愛い姿を

可愛いチョコを

可愛い彼女の声を


一番に聞きたいから。






早く......



「早く2月14日なってくれたら俺は.......
斗真だったのに...。」








歯磨きを終えた君は
母親に呼ばれた。



キスなんてしちゃうかも...
爽やかなミントの歯磨き粉をいつもより何倍につけて磨いた。



おかげでスースーと息が口の中を駆け巡った。

明日には好きな子のチョコで満たされる






『母さん、なに』


君は、どんなチョコがくれるかで頭の中が占領されてたに違いない。



『斗真、明後日の土日挟んだらここ出て行くから。明日、バイバイしなさい。」






.......きっと
これの意味を理解したのも
部屋に戻った時で





大声で泣いたんだ。



........俺の隣で君が泣いているのと同じように。





どんなに辛かっただろう。




君は最愛の人と




別れなければならない。




高校生が素直に伝えられる時間は
1日じゃ足りなくて




君は、その日泣くしかなかった。






第二の自分が生まれるから。